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トップ > 蒸溜所 > 宮城峡蒸溜所 > 宮城峡蒸溜所の紹介「ニッカ池」

ニッカ池

仙台工場の池にある島には
ニッカウヰスキーの琥珀色の夢に共感した人々の想いと期待がこめられている。

仙台工場のシンボル的存在、ニッカ池

1969年5月10日、ニッカウヰスキー仙台工場が誕生した。
約20万㎡の敷地にキルン棟、発芽棟、仕込工場、貯蔵庫などが林立する。広大な敷地のなかにある、赤いキルン棟と木々を映し出す池。ときに遠くシベリアからオオハクチョウが飛来したこともある池は仙台工場のシンボル的存在だが、工場の設計図に池は存在しなかった。

工場内の道をつくるために砂利を掘ったところに雨水などが溜まり、次第に水かさが増してゆく。やがて、ぽっかりと大きな穴があいたところに新川から水を引くと立派な池が出来上がった。池の住人は錦鯉や新川から拾われてきた川亀、そして余市工場のニッカ沼にいた白鳥のつがい。彼らがのんびりと暮らしている池にある島は岩で出来ており、これも川亀同様新川からやってきたものだ。

ニッカ池に浮かぶ島にまつわるエピソード

この島にはこんなエピソードがある。
工場の建設を請け負った間組は「ニッカウヰスキー仙台工場の誕生を祝って何か贈り物をしたい」と竹鶴政孝に申し出た。
そこで政孝が「では新川の対岸にある、あの岩を池に置きたい。優れた技術を持つ間組なら運ぶことができるだろう」と答えたところ間組の支店長は「お安い御用です。ではあの岩を記念に贈りましょう」と約束したのであった。

さっそく岩を運ぼうとしたのだが、想像していたよりも地中深く入り込んでおり、掘り起こすのは不可能だった。

ある日建設委員長をしていた竹鶴威のところに間組から「折り入って話がある」と連絡があった。何事かと思いきや「政孝社長にお約束していた岩を運ぼうとしたところ地中部分が深くて掘り起こせません。細かくして運ぶために発破をかけても構わないでしょうか」との話であった。 それを伝え聞いた政孝は大笑いして承諾したという。

蒸溜所の建設に携わった間組から蒸溜所誕生のお祝いに贈られたニッカ池にある島。

琥珀色の夢に共感した人々の想いと期待をこめて

岩は慎重に発破がかけられ、池へ運ばれ再び組み上げられた。
頑丈に組むために土が接着剤の代わりに使用され、松が植えられた。やがて風で運ばれてきた植物の種が土に根を張り、仙台工場の中に一風変わった様相を呈した小さな島が誕生したのである。

当時、この岩の移設費用は100万円と伝えられていた。が、実際は何と600万円もかかったという。
「もう時効だから、お話しても構わないでしょう」と、当時間組で働いていた方が実際の金額を明かしてくださったのだが、実に高い贈り物になったのは確かである。

政孝の、ニッカウヰスキーの琥珀色の夢に共感した人々の想いと期待がこめられた岩は、現在も池に静かに佇む。
残った岩は工場に隣接した新川の川原の隅にある「ニッカ仙台工場建設決定の地」記念碑の、やや斜め前の対岸に残っている。その姿はまるで、ウイスキーの仕込み水ともなる清冽な川の流れを見守っているかのようだ。

池に運ばれた岩の残りは、新川の河原にある「仙台工場建設決定の地」記念碑のやや斜め前の対岸にある。