竹鶴政孝の妻リタの名前が付けられたティールーム、リタハウス。
ニッカウヰスキーの歴史を静かに見守り続けてきた洋館に流れる時間は、
ノスタルジックでどこまでもおだやかだ。


工場の石造りのアーチをくぐり、ポットスチルが並ぶ蒸溜工場の前を通り過ぎると左手に見えてくる洋館がリタハウス。
建物が造られたのは1931年。
ニッカウヰスキーの前身である大日本果汁株式会社が誕生したのが1934年だから、この建物は余市工場よりも、ほんの少し歴史が古い。
リタハウスは紅茶とスコーンが楽しめるティールームで、窓から見える風景は心を和ませてくれる。


「ウイスキー館」の扉を開けると銅製のポットスチルと整然と積み上げられた樽が目に飛び込んでくる。
“琥珀色の始まり”に置かれたアランビックやパネルに記された蒸溜の始まりから、蒸溜酒の誕生、世界の蒸溜所が語りかけてくるのはウイスキーの創世記。
ウイスキーとは何か? その答えがここに凝縮されている。
“ウイスキーづくりの道具”ではウイスキーの熟成に欠かせない樽の製造法の紹介から、使用される樽材、樽づくりの道具を展示。ウイスキーストリートを抜けると、そこは"ウイスキー倶楽部"。
シングルカスクウイスキーやニッカの商品、世界のウイスキーが有料で試飲出来るほか、余市モルトの無料試飲、冬季には原酒販売が行われている。

最初は経理の事務所に、そして1934年から1984年までウイスキー製造工程の研究、ブレンド、成分分析などを行う研究室として使用していた。
当時のニッカウヰスキーの技術者たちの多くは入社後、ウイスキーの香り漂う余市の研究室に入り、政孝のウイスキーづくりの精神、技術を学んでいる。今もある「スーパーニッカ」「ブラックニッカ」などの名品はこの研究室から生まれている。
やがて規模が拡大して研究所が東京に移ると、ウイスキーの香りがしみこんだ洋館は政孝やリタの遺品やニッカウヰスキーの歴史を物語る品々が展示された博物館「竹鶴資料館」へと変わり、1998年に貯蔵庫を改装したウイスキー博物館が完成すると、ティールームへと姿を変えた。
今は紅茶とスコーンのこうばしい香りが漂うリタハウス。
カップを片手に耳をすませるとニッカウヰスキーが歩んできた歳月の囁きが聞こえてきそうな気さえしてくる。