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時は江戸時代、蝦夷地を仕切る松前藩には米の収穫が全くなかった。
内地では家臣の禄(給与)は米の量で決められるが、それができない。そこで松前藩は蝦夷地を80カ所に分類し、それぞれアイヌの人たちとの交易収入を給料として与えた。
その交易を取り仕切る場として設置されたのが、この運上家だった。
文化3 (1806)年、幕府の命を受けてこの屋敷に立ち寄ったのが、目付の遠山金四郎景普。
かの「遠山の金さん」の父親であり、その来館を記念すべく奥座敷には等身大の風俗人形が飾られている。
重要文化財指定かつ国指定史跡。
かつて道内に10数カ所あったと言われる運上家も、今はこの「ヨイチ」を残すだけとなった。

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