銀座六丁目、外堀通りに程近いビルの2階にある老舗クラブ、『山桜桃(ゆすら)』。壁には錚々たる漫画家たちが描いたヒーローやヒロイン、サインが。お客様のご縁で、著名な漫画家の方々が多く訪れるようになったといいます。
「漫画は、たくさんの皆さんが、時代の思い出を共有できるところがいいですね」と語るのはママの戸板順子さん。グラスを片手に漫画談議に花を咲かせるお客様も多いとか。
「銀座のクラブ、というと敷居が高いというイメージがありますが、うちはどなた様にも飲んで楽しんでいただけるよう“ふつう”を心がけています。
開店以来、いろいろな企業の皆様に支えられて、気がついたらあっという間に34年が過ぎていました。オープン当初はお客様のほとんどが私より20才くらい年上で、可愛がられている感じでしたが、今は私がお客様を可愛がるお母さんみたい(笑)。
オープンして間もなく、あるお客様にイニシャル入りのカフスボタンをプレゼントしたのですが、それを“イニシャルが同じだから”とご子息に譲り渡されて。今はご子息が身につけてご来店してくださることもあるんです。」
『山桜桃(ゆすら)』をオープンする以前は、舞台女優をしながら銀座のバーやクラブで働いていた戸板さん。初めて竹鶴威と出会ったのは1973年のことでした。
「その当時は、竹鶴“常務”でしたが、私がテーブルにつくと竹鶴さんが突然土下座なさって“まんず、まんず、竹鶴というもんだ”と東北弁でおっしゃったのにはビックリしました。お酒の席での冗談とは思いながらも、こんなにフレンドリーで素敵な人がいるんだなぁ、といっぺんでファンになりましたね。ニッカウヰスキーの偉い方だ、というのは聞かされていましたが、まったく偉ぶることなく接してくださって嬉しかったのを覚えています。同時に、サービス業に携わる人の在り方というものを学ばせていただきました。人を立場や職業で区別しない。これを身をもって示してくださったのが竹鶴さんでした。」

オープンは1977年3月3日。一番忘れられない思い出となったのは『スーパーニッカ 五輪ボトル』だといいます。
『スーパーニッカ 五輪ボトル』は1964年の東京オリンピックを記念して、5色に色をつけた5本のボトルを1セットにしたものでした。
「“開店、おめでとう!”と竹鶴さんが大きな紙袋を抱えて来店されました。袋に入っていたのがこの『スーパーニッカ 五輪ボトル』。素敵でしょう。正直、いただいたときは“中身が入っていないんだわ”なんて思っていました。当時は物の価値がわからなかったんですね。
昨年、33周年を迎えて、久しぶりに出して眺めたとき、改めてすごい、と感動したんです。手吹きガラス独特の風合いや美しい色彩。1本ずつ微妙に違うんですよ。ボトルと栓には組み合わせがあって、他の物ではぴったりと合わないんです。ご贔屓のお客様にぜひとも譲ってほしい!と言われたのですが、そう言われると譲りたくない(笑)。つくづく、あのとき手放さなくてよかったなぁ、と思っていました。」
そう語りながら大切そうに箱から出してカウンターに並べる戸板さん。ボトルも箱も全部揃って、保存状態も良好。まるでこの間、届いたかのようです。思い出深い『スーパーニッカ 五輪ボトル』ですが、戸板さんは余市蒸溜所のウイスキー博物館に飾ってほしいといいます。
「3月11日に東日本大震災が起こりました。幸いにも1本も割れず無事でしたが、何かあってからでは・・・と考えたんです。お店を閉めるときが来たらお返ししよう、とも思っていたのですが、今がいい機会かな、と。お店を続けているうちにニッカさんにお返しできてよかったです。」
名残惜しそうにひとしきりボトルを眺めたあと、戸板さんは、意を決するように再び丁寧に箱にしまっていきました。銀座のクラブの誕生を祝って贈られたボトルたちの新たな門出。これからは余市蒸溜所を訪れる人たちをキラキラ輝きながら出迎えてくれるに違いありません。
「オープン当時、ボトルキープで並んでいたのは『スーパーニッカ』でした。30年以上が過ぎて、今は『竹鶴』シリーズがメインになりましたが、ニッカさんのウイスキーはどれを飲んでも美味しい、とおっしゃる方がたくさんいらっしゃいます。来年は開店35周年なのでそれにふさわしい、とっておきのウイスキーでお祝いしたいですね。」
終始笑顔でお話しくださった戸板さん。人をそらさない話術に絶妙なユーモアセンス。
舞台女優を目指されただけあって、言葉ひとつひとつがイキイキと伝わってきました。
もしかすると彼女の舞台は、ここ『山桜桃(ゆすら)』なのかもしれません。
今夜も『山桜桃(ゆすら)』では、笑顔の花が咲いています。

| 住 所 | 東京都中央区銀座6-4-16 花椿ビル2F |
|---|---|
| 電 話 | 03-3571-1144 |
| 営業時間 | 19:00〜24:00 |
| 定休日 | 土曜・日曜・祝日 |
| アクセス | 東京メトロ丸ノ内線「銀座」C2出口より徒歩約3分 JR「有楽町」銀座口より徒歩約5分 |
※2011年6月取材時現在

太宰治を愛読していた戸板さん。店名に思い浮かんだのは『桜桃』という短編でした。
「桜桃はさくらんぼ、という意味ですが何だか物足りなさを感じていたところに、俳句の季語である山桜桃梅(ゆすらうめ)を思い出したんですね。そうだ、山桜桃にしよう!ということで、この名前に決まりました。“ら”で終わる名前って珍しいということもあって。竹鶴さんには、ゆすら、ならぬ“モスラのママ”とからかわれたりしましたが(笑)」

竹鶴 威(たけつる たけし)1924年 3月6日 生まれ
1949年 ニッカウヰスキー株式会社(当時の社名は「大日本果汁株式会社」)入社。
北海道工場(余市蒸溜所)工場長、代表取締役社長などを経て、現在は相談役として
ニッカウヰスキーはもちろん、日本のウイスキーを見守り続けている。





