竹鶴の遊びは勇壮活発であった。
学生時代は柔道で鍛え、多感な青春時代をスコットランドで過ごして
ヨーロッパ人の生き方に触れた竹鶴は、人生の楽しみ方を実によく知っていた。
政孝は社員のレクリエーションにも力を入れた。
社員は必ず何かスポーツ部に参加しないといけない決まりで、野球、テニス、卓球、剣道、相撲など次々とクラブができた。

豪快な遊び「熊狩り」
北海道の猟友会の会長をしていた竹鶴の熊狩りは豪快だった。
3日間を雪山の中で過ごし、熊を追い詰める。
体長2メートルを越す大熊との全精力を注いだ対決。
見事に仕留める。
体力の衰えを感じ初めてからも、ヘリコプターで熊を追い込み、ヘリコプターからロープを下ろし、飛び降りるという荒業で熊を追い詰めた。
獲った獲物は敷物にして、
その上で碁を打つのが楽しみであった。

自然と遊ぶ「大魚釣り」
積丹半島の尖端にある積丹岬と神威岬の2つの岬の沖合いに、毎年8月にだけやってくるオウヨと呼ばれる大魚がいる。
重さが30キロ、体長は1メートルを越える大魚で、味が非常に良い。これを自分の手で釣り上げるのが竹鶴の念願だった。
このオウヨを狙い始めて5年目、やっと32キロの獲物を釣り上げた。2時間に及ぶ格闘だった。

日本のスポーツ史を飾る「ジャンプ」
余市の中学生のために作った「竹鶴シャンツェ」。
ここから育っていったジャンプ選手に札幌オリンピックでゴールドメダリストになった笠谷選手などがいる。
笠谷選手をはじめとする新しい時代の若手の活躍に、竹鶴は惜しみない声援を送った。

食の楽しみ
竹鶴は昔から自分の食べるものはみずから魚市場に出かけ、自分の眼で鮮度を吟味して魚を選ぶ。
日本人は食事に出されたものを文句を言わずに食べるが、これではよいものと悪いものとがわからなくなってしまう。
日本人とは対照的なフランス人は、食べるものを決める段階からじっくりと選び、どんな料理でどんな味がするのか確かめながら味わう。
そうして楽しむのが食事であると竹鶴は考える。
文化国家というものは嗜好を高めることであり、いいもの、悪いもの、新しいもの、古いものを見分ける舌と鼻の持ち主になることが必要である。
自分の舌と鼻に自信をもち、主体性をもってよいものと悪いもの見分けるように心がける、そのことは人生を楽しむことに通じている、と語った。

ウイスキーの楽しみ
酒の飲み方にも確固たる考えを持っていた。
ウイスキーにはストレート、水割りなどいろいろな飲み方があるが、一概にどれが正しいと言いきれるものではない。
人それぞれ、飲む量やペースなどによってまるで違ってくる。だから自分に合った飲み方で楽しむのがいい。
ただ、竹鶴がこだわるのは「時間をかけてゆっくりと」。
「楽しみはできるだけ長く」というのが竹鶴の最も大切なこだわりであった。
