「それぞれの時間」 Who’s Makin’ Love & フロム・ザ・バレル
カズヒロは2、3か月ぶりに会う友人のような態度で目の前に座った。それだけで「相変わらず」だと分かってしまった。
「ひさしぶり。」
ケイコの挨拶を無視して、カズヒロは店内を見渡している。
「メシ喰った?」
まるで噛み合っていない。昔のままだ。
「この店、よく来るの?」
「いや、懐かしいアーティストが出てるときぐらいかな、
同業者がジャズクラブに頻繁に通うのも変だろ?で、メシは喰ったの?」
会話だけなら「親しい間柄」と思われるだろうな、とケイコは可笑しかった。
「お前、何飲んでんだよ?」
「ウィスキー。食事は済ませたから。」
「ああそう。俺もメシはいいかな。少しビール飲んできたし。じゃ同じ物頼んでよ。」
相変わらずもここまで来ると筋金入りとしかいいようがない。
30年ぶりに会ったなんてことはまるで関係ないかのようだ。「お前」なんて人に言われたのが久しぶり過ぎて腹も立たなかった。
実際、カズヒロには時間なんてあまり関係ないのかもしれない。見た目も年齢不詳だしファッションも態度もケイコの周囲の定年を過ぎた人たちとは全く違う。
「とりあえず、久しぶりの再会に乾杯。」
カズヒロがグラスを差し出す。ケイコは残り少なくなったロックグラスをあわせた。
「何年ぶりかわかる?」
「30年だろ。あっという間だよなあ。元気だった?結婚してないの?それとも離婚したの?名字、変わってないよね。」
「結婚はしなかったの。」
「相変わらず暗いなあ。まだこれからするかもしれないだろ。」
55歳の女がこれから結婚するかも?・・・なんて思っている事自体、現実とかけ離れた世界でカズヒロが生きてきた証拠だ。けれど、それが老けない秘訣なのかもしれない、とケイコは思う。
「あなたは?ちゃんと結婚生活は続いているの?」
カズヒロはケイコと別れて何年目かに結婚したと聞いた。
「あー、えっと、今は独身だけど、一緒に暮らしている女はいるよ。」
「じゃあ、バツ2になったのね。」
「いや、バツ4。」
「4!?あれからプラス2回結婚して離婚したんだ。」
「え?付き合ってたときはバツ2だったっけ?」
「いいえ、バツ1です。」
「あ、そうだっけ。」
「いいわね、バンドマンはいつまででも、女にもてるから。」
「んなことないよ。今一緒に暮らしている女の父親、俺より年下だぜ。驚くよね。」
驚くのはこっちの方だとケイコは思う。カズヒロは昔からかなりの女好きだった。当然浮気性で、そちらの方も相変わらずということか。
「お前、いくつになったんだよ。」
「ねえ、30年ぶりに昔の彼女に会って、お前、とか言わないでくれる?・・・あと5年で定年よ。」
「そういえばメーカーに就職したんだったよな。いい男いなかったのか?」
男という生き物が単純なのか、それともカズヒロが特にそうなのか、その両方なのか、とケイコはあきれながらも、その単純さに感心してしまう。
会社でケイコに向かってそんなことを直球で聞くことのできる男なんていないだろう。
ケイコがここにやってきたのは、ちょっとした好奇心だったと思う。何かを確かめたいとか、昔を懐かしみたいとかではなく、かつて好きだった男が時間を経てどのような人間になっているのか見てみたかった。
それなのに、近況と昔の知り合い達のその後を話してしまうと、もう他に話すことはなかった。
ステージでは演奏が終わり、BGMにしてはファンキーなナンバーが流れている。
「あなた、この曲好きだったわね。」
「あの頃はファンク全盛だったしね。フーズ メイキング ラアアブ・・・よく覚えてるねえ。」
カズヒロは曲のタイトルだけを節をつけて歌った。
ロックグラスの中の氷がカランと音を立てる。
男と女は、ウィスキーが樽で寝かされて熟成するようにはいかないのだろうか。この歌の主人公はmy old lady を寝取られたことに驚いているばかりなのだろう。楽しげなメロディーがそんな人生をあざ笑う。人生なんてそんなもの。
ブレンドしたウィスキーの味をなじませるために、もう一度樽で寝かせることをマリッジ(結婚)と言うらしい。今飲んでいるフロム・ザ・バレルはそうして作られた酒だそうだ。
マリッジ。味の融合。
きちんと樽に閉じ込めないと、熟成しないのは人間も同じなんだろうか。
或いは熟成を拒む種類の男というものが存在するのだろうか。
ケイコはゆっくりとウィスキーを口に含み、口の中で暖めながら飲み込み、その香りを楽しんだ。
「今でもジャズ聞くのか?」
「行きつけの店でね。そこのマスターが好きだから。」
「俺さ、インディーズで最近アルバム出したんだよ。なんか若いミュージシャン連中で俺のことファンの奴らがいてさ。オリジナルとかもやったんだぜ。」
「そう。」
「今度聞いてよ。」
「そうね、タイトルをまたメールで送って。」
自慢するところだけは、世間の男性達と同じのようだ。しかし、内容が違いすぎる。
きっとあまりにも違う人生を生きてきてしまったのだ。
定年を迎えたら、今日のように昔の知り合いや友人と共に時間を過ごせたらいいな、と思っていた。仮にもその当時は一生懸命好きだった男なのだから、どこかケイコを惹きつけるものが残っているだろうと思っていた。
けれどもそんなものは全くなかった。My old fellow に恋した女性の気持ちは分からない。
「そろそろ帰るわ。今日はありがどう。身体に気をつけてね。」
「え、もう帰るの?送っていこうか?」
「いいわよ。こんなおばさん誰も襲わないわ。」
「そんなことないよ。全然昔のままだよケイコは。」
なるほどね。とケイコは思う。こういうところがカズヒロはうまいのだ。若い頃には分からなかった。今は「なるほど」と思うだけだ。
「本当にいいの。あなた残る?ここは私がご馳走するわ。」
「そうか・・・。また電話してよ。たまにはライブとかも見に来てよ。な。」
女におごられ慣れているのだろう、「俺が出すよ」も「ごちそうさま」もなかった。
出演したミュージシャンと少し話をしてくるというカズヒロと別れてケイコは表に出た。通りを歩き始めると、やっといつもの自分に戻った気がした。
30年前もこんなものだったのかもしれない。若すぎて気づけなかっただけなのかもしれない。
いつもの店に寄ってもう一杯だけ飲んでから帰ろう。過去の熟成を期待せず、これからの未来の為に自分を樽に詰めて、それを楽しみにしてもいい。マリッジはウィスキーだけにして。
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