「遠い夏の日」Summertime & オールモルト
工場のシャッターを締めると、油の匂いが強くなる。
嫌いではないこの匂いに囲まれて事務を片づけ、工場の鍵を閉める前にモルト100%のウィスキーをストレートで一杯だけ、ゆっくりと飲む時が至福の時間だ。
100%。大麦だけで作られたウィスキー。シンプルでそのままで勝負する感じが気に入っている。
静かに飲みたいくせに、夏にはつい野球中継を見てしまう。
音声は聞きたくないので、FMラジオをわざわざつける。無音であってもテレビから音が聞こえてくるような気がするからだ。
かつての同僚達は「たまには球場に来いよ。」と電話をくれるが、都心まで3時間以上もかかるこんな田舎町から、わざわざ見に行く気になれない。
テレビ画面のピッチャーマウンドを見るたびに、あそこからの景色を思い出す。あの場所が自分の仕事場だったなんて信じられないと思う。ナイターのグランドは昼間のように明るく、暑くて、スタンドがのしかかってくるようだった。大きな空間にぐるりと囲まれたあの狭い場所は、確かに特別な場所だった。
大きな歓声は良い投球に起こるものではない。バッターの活躍に向けられるものだ。だからいまでもあの球場にわんわんと響く歓声を聞くと、負けた気持ちにさせられる。
野球をしていたリアリティは失われていくのに、あの歓声には今でも嫌悪感がある。
野球を見れば、現役時代を思い出すことが分かっているのに、つい見てしまうのはなぜだろう。思い出したくないわけではない。ただ、今の生活とはあまりにかけ離れたあの頃の自分を、まだうまく片づけられないでいることを思い知るだけだ。
あのまま数年現役を続けられたとしても、いつかはこの工場を継ぐために故郷に戻ってきただろう。引退してコーチで残れるほどの選手でもなく、球団の事務的な仕事には興味が持てなかった。
小さい頃から野球だけだった。甲子園、ドラフト、プロ入団、と華々しい経歴だったけれど、毎年その道筋をたどる者は現れる。野球をゲームとして心から楽しめたのは中学までで、その後は野球を続けるために野球をしているようなものだった。
本当にプロ選手になりたかったんだろうか。
それ以外に考える時間さえなかった。
ダメだったらこの工場を継げばいいと思っていた。
もしも、幸運に恵まれたら、違う人生が見られるかもしれないと思った。
子どもすぎたのかもしれない。
幸運は必ず自分に降り注ぐと信じたかった頃。
現実には、幸運はやって来たのか、来なかったのかはわからない。
いつまでも伸び悩み選手と言われ、一軍に登録されている期間より二軍でいることの方が長かった。幸運も実力のうちというなら、幸運はやって来なかったのだろう。実力とはどこまでが生まれつきで、どこからが努力なのか。努力できることさえ生まれつきのものではないのか。もっと違う骨格や環境に生まれていたら違っていたのか。
先発になかなか選ばれないのは、他に優秀な選手がいるからなのか。監督によるのか。他チームなら違っていたのか。
調子が良い時ほど味方が打たず勝利投手になれないのはなぜなのか。後輩はひどい投球でめちゃめちゃに打たれているのに、それ以上の打点を得て勝ち投手になれる理由はなぜか。
うまくいかない時はどうしても「理由」が欲しくなる。
理由に迷う日々は苦しかった。
その程度の選手だった。
今は、あんな苦しさはない。自動車の修理工場は自分が自分らしくいられる場所になった。時間に追われることもなくなり、いわゆる普通の人の普通の生活を手に入れることができた。仕事が終われば、酒を飲み、テレビを見る。そんな毎日の方が幸運なのかもしれない。
6回裏。
一番苦しい時間帯だ。なんとか乗り切りたいと思っている投手の表情が厳しい。頭をよぎる「負け」を怖れてもいる。「乗り切れるはずだ」と言い聞かせてもいる。投手は何度も首を振り、捕手からのサインに頷かない。
チームの勝敗、順位、それより彼の人生が次の一球に決められてしまうかもしれない。
無音で見ているのに、球場の音を自分の中に再生していたのだろう。突然メロディーが聞こえ始める。ラジオのボリュームを上げる。
サマータイム。
『アンド ザ リビニング イズ イージィー』
最後のキャンプ、チームの歓迎会で演奏された曲。冬だというのに暖かいキャンプ地に、サマータイムは違和感なく流れていた。
あの時、この夏が最後の夏になるだろうと分かっていた。もう現役は続けられない。なんとかだまし続けていた肩も肘も、休んで治療するか、限界まで投げて終わりにするかの選択だった。
サマータイム。
あの夏は2度の登板だけで終わった。現役最後の夏。
テレビ画面に大きく弧を描くボールが映る。ホームランを打たれた。伸びていく打球を見ながら、ピッチャーはがっくりと肩を落とす。彼が失ったものは点数だけではない。
『夏になれば、暮らしやすくなり、幸せになれる』
苦しい生活を強いられていた頃の黒人を主人公にしたミュージカルの中で歌われる子守歌だそうだ。メロディーが切なく哀愁に満ちているのは、夏が来ても幸せにはなれないことを予感させているのだろうか。
手に握ったままのグラスから、独特の香りがたち上り、色んな記憶が浮かんでは消える。ウィスキーの香りはいつも「何か」を思い出させようとする。それは、ウィスキー自身が持つ記憶のようでもあり、自分の記憶の断片のようでもある
表通りでボールを転がす音がする。
息子が来たのだろう。自分で蹴っているボールについていこうと、右へ左へ走っている。この辺りの道は平坦でないのでまっすぐには転がってくれないのだ。今日はシャッターにぶつけないでくれるといいが。
ガシャーン。
その音で、遠い夏は消えていった。
「シャッターにぶつけちゃダメだって言っただろう?」
息子は慌てて跳ね返ったボールを拾いに走る。
「ごめんなさい。・・・ごはん、できたよ、って。」
「うん。今日のおかずはなんだ?」
話題を変えると息子の顔が緩んで、安心した表情になる。
「えっとねえ・・・カツ!僕、明日、試合だから。」
「そうか。」
「ねえ、あとでサッカーの練習してくれる?」
「ああ、いいよ。」
最後の一口を飲み干し、テレビを消す。心地よい「酔い」と「現在」が身体に広がっていく。 |