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Whisky × Jazz

グラス片手に「大人の時間」を愉しむ為のコンテンツ Jazzy Short Short. THANKS REAL COMMENT. RADIO CHANNEL
Whisky × Jazz ジャズといえば、ウイスキー。この法則に、理由なんてない。 ただ、良質のジャズには、良質のウイスキーがよく似合う。それが事実。洒落たジャズを聴きながら、美味しいウイスキーを愉しむひととき。ここは、そんなゆったりとした「大人の時間」を、もっと素敵に演出するコンテンツ。さぁ今宵も、グラスにウイスキーを注いで、マウスをそっと握ったら、とびきりジャジーなドラマが始まります…。Presented by NIKKA WHISKY
Jazzy Short Short.ジャジーなショートショート♪
「耳をすまして」Lee Morgan & Old Grand Dad

形式的な送別会が終わって、野本は田中を誘った。
 野本はこういう形式的な会が苦手だ。しかし、自分の送別会でもあるし、周囲の者がせっかく集まってくれるのだからと、仕方なく出席したのだった。
 月末がちょうど日曜日になる今週は、送別会にうってつけの金曜だった。会には多くの人が来てくれた。
 田中は、この会を取り仕切るために会場を探し、会費を集め、幹事としての役目を終わったところだった。
 まだ入社2年目の若い社員にこういう幹事役は回ってくる。といっても、本来の幹事は野本の長年の部下である辻が表に立ち、裏方として田中は世話役を引き受けているだけだ。
 野本は先週、辻と二人で最後の酒を酌み交わしたので、今日は特に誰かと二次会に行くつもりはなかった。
 集まってくれた人たちに挨拶をして見送ったあと、残っていたのが田中だった。
 「おい、正樹、ちょっと付き合うか?」
 田中という平凡な名前の社員が3人もいるせいで、田中は名前で呼ばれている。田中は、あまり話をしたこともない野本に誘われて、一瞬困ったような顔をしたが、今夜の主賓の誘いは断れないと思い、「はい。」と返事をした。

野本は、いつもひとりで行くバーに田中を誘った。
 「あれ、野本さん、一昨日、今日が最後だ。って、おっしゃってましたよね?」
 マスターがグラスを拭きながら野本に話しかける。
 「ああ、今日は送別会をしてもらってその帰りなんだ。
 今日から本当に当分これないよ。明日には引っ越す予定だから。」
 「大変ですね、単身赴任。」
 「いやあ、仕方ないよ。サラリーマンはNOを言えないからね。正樹、何を飲む?
 君は、ウィスキーは飲めるか?」
 そのバーはウィスキーだけを置いているバーだった。
 「あ、あの、ウィスキーは殆ど飲んだことがないです。」
 「そうだろうな。最近の若い者は、ゆっくり酒を飲む術を知らないからな。
 いや、最近の若い者、とか言って悪いが。」
 「でも、嫌いというわけじゃないです。ただ、あんまり飲む機会がなかったので。」
 「そうか、じゃあ・・・そうだな、オールドグランダットなんか、
 いいんじゃないか?飲みやすいし。」
 「どこのウィスキーですか?」
 「これはバーボンウィスキーだよ。アメリカの酒だ。
 それくらいは知ってるか?」
 「はい、トウモロコシで作るんですよね。」
 田中は、普段あまり話をしたことがない上司と一緒でぎこちない。
 「そうだな、じゃあ、こいつにはグランダットをソーダ割りで。
 僕は・・・今日は・・・やっぱり余市かな。」
 「かしこまりました。余市は水割りでよろしかったですね?」
 マスターが手際よくそれぞれの酒を用意する手元を、二人は黙ってみていた。
 「あ、あの、向こうに行かれても、身体に気をつけてください。」
 酒を飲む前に何か乾杯めいたことを言わなくてはならないと思った田中がグラスを持って野本に頭を下げた。
 「君に、励まされているみたいだな。まあ、20年後は君も僕の立場になっているかもしれないぞ。」
 野本はにこやかにグラスを合わせた。

「よく来られるんですか?ここ?」
 田中は沈黙に耐えきれずに、野本に尋ねた。
 「そうだな。ほとんどひとりでしか来ないけど。ひとりで考え事をしたいときとか、
 何も考えたくないときとか・・・ないか?まだそういう時が?」
 「そうですね・・・考え事をしたいときはあります。
 けど、ひとりで酒を飲みに行ったことはまだないです。
 ひとりだと、その間どうしていいかわからなくて・・・。」
 「昔、僕の上司だった人に言われたんだが、
 ひとりで飲む時に本を読むのは野暮なんだと。
 ひとりで腹をすえてじっくり飲んで、決めた量を飲んだらきれいに帰る。
 それが格好いいと教えられてなあ。
 それから、飲むときに本を持ち込んだりはしなくなったな。酒も水割りを2杯だけ。
 ゆっくり大体1時間くらいかけて飲んで帰る。なあ?マスター?」
 「そうですね。野本さんは、LP一枚聞かれたら帰られます。
 この店はまだ音楽はLPレコードでなんですよ。酒しか出さない店ですし、
 レコードをかける作業も好きでして。」
 マスターはそういうと、終わったLPをかけかえに背中を向けた。
 「じゃあ、野本さんは本も読まず、
 カウンターでどんなことを考えているのですか?」
 「そうだな、それにはちょっとしたコツがある。例えばこの店は
 いつもジャズのレコードがかかっているだろ?
 ほら、何気なく聞いていると一つの音楽だけれど、
 楽器のひとつひとつを聞き分ける練習をするんだ。
 今、ピアノが鳴り始めただろ?同じメロディをベースも弾いている。分かるか?」
 「ピアノしか聞こえません。」
 「そうか、慣れてくると聞こえるようになる。
 で、ドラムの音が入ってきただろう?シンバルだけを選んで聞いてみる。
 あ、これは、リー・モーガンだな。」
 「誰ですか?」
 「リー・モーガンか?有名なトランペッターだよ。
 18歳でデビューして33歳の若さで死んだ。
 トランペッターになるためだけに生まれてきたような男だ。」
 「なんでそんなに早く死んだんですか?」
 「殺されたんだよ、自分の女に。
 昔のミュージシャンは音楽だけはすごい才能だけど、
 人間的には全然まともでない、っていう人種も多かったんだ。
 きっと女にひどいことしてたんだろうな。けれど、音楽だけはすごい。
 僕は好きなんだよね、そういう不器用な天才が。」
 「まあ不良のジャズメンが多かった時代ですが、
 女に殺されたなんて人はこの人くらいじゃないですか?
 なかなか色男だったそうですけど。」
 マスターがLPジャケットのリー・モーガンを見ながら言い添える。
 「そうかもしれないね。正樹、女には気をつけろよ。
 自分に惚れてる女は自分が惚れてなかったら手を出すなよ。
 痛い目にあうぞ。」
 「野本部長はそういう目にあわれたんですか?」
 「どうだろうな。男にしてみれば惚れてくれる
 女ほど便利なものはないからなあ。
 けど、女は怖い。リー・モーガンも自惚れ屋だったんだろうな。
 まあ、あれだけの才能があれば仕方ないけど、女はみんな自分に惚れて当然、
 みたいな態度だったのかもしれないな。」

「なんだか、バランス悪いですね。」
 「そういう時代だったんだよ。
 今じゃMBAでもとれそうな奴が音楽をやっているけどね。
 僕はリー・モーガンみたいに、それしかできないミュージシャンが好きだな。
 友達にはなりたくないけれど。」
 「部下がそういう人間だったらどうします?」
 「ははは。僕たちはサラリーマンだ。特別な才能はいらない。
 うまく個性を隠せる方がいいのかもしれないな。」

田中は野本の言葉の意味をはかりかねた。
 それは、自分に向けられた言葉なのか、野本自身に言い聞かせる言葉なのかは分からなかった。
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