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Whisky × Jazz

グラス片手に「大人の時間」を愉しむ為のコンテンツ Jazzy Short Short. THANKS REAL COMMENT. RADIO CHANNEL
Whisky × Jazz ジャズといえば、ウイスキー。この法則に、理由なんてない。 ただ、良質のジャズには、良質のウイスキーがよく似合う。それが事実。洒落たジャズを聴きながら、美味しいウイスキーを愉しむひととき。ここは、そんなゆったりとした「大人の時間」を、もっと素敵に演出するコンテンツ。さぁ今宵も、グラスにウイスキーを注いで、マウスをそっと握ったら、とびきりジャジーなドラマが始まります…。Presented by NIKKA WHISKY
Jazzy Short Short.ジャジーなショートショート♪
「特別な人」 今宵楽しく&ハイランドパーク

最初で最後のデートに遅れてしまった。彼女は30分以上前に会社を出たから、随分待たせてしまっている。 店に入るまでは、もしかしたら二人だけではないのかもしれない、と思っていた。彼女と二人だけでお酒を飲むのは初めてだ。

彼女。
 彼女は会社の先輩。色んな事を教わった。
 この店に初めて連れてきてくれたのも彼女だ。
 「仕事が終わったら仕事の話はしない」がモットーの彼女は、そう言いながらも僕ら新人の愚痴や悩みや戸惑いをいつも聞いてくれた。
 僕はずっと彼女に憧れていた。
 彼女が好きなものに興味を持って、僕もウィスキーに詳しくなった。
 ワインに詳しい女性より、ウィスキーに詳しい女性の方が格好いいと思った。
 サッカーが好きな女の子より、アメフトの作戦に詳しい女の子の方がちょっと格好よく見えるように。
 「どうしてそんなにウィスキーに詳しくなったんですか?」
 と、以前に聞いたことがある。
 「どうしてかな。偏見かもしれないけど、
 ウィスキーって独立した飲み物って感じがするのよね。
 きちんと『酒』してるというか・・・。明解でしょ?
 私は曖昧なのは苦手なのよね。
 だから仕事でもぶつかっちゃうのかもしれないけどね。」
 そういって笑っていた。
 蒸溜所による違い、ブレンドによる違い、ウィスキーにも色んな違いがあるけれど、その個性的でいつも変わらない安定感は彼女に似合っていると思う。

「遅れてしまってすみません。」
 「いいのよ。休暇前は何かとあるものね。何飲む?ビールからにする?」
 「いえ、同じものを・・・。何、飲んでるんですか?」
 「来週君たちが行く、ハイランドのウィスキー。
 スモーキー&ハニーな味、っていうのよね。いいなあ。私も行きたいなあ。」
 「一緒に来ますか?」
 「どこの世界に妹のハネムーンについて行く姉がいる?
 このまま私がずっと独身で、おばあさんになったら、
 その時は一緒に旅行に連れていってね。弟くん。」
 彼女は自分のグラスを飲み干して、お代わりをオーダーした。
 なんだか会話に詰まってしまう。
 別れ話を切り出す前みたいだ。
 「あ、この曲、学生の頃良く聞いたな。」
 彼女が優しく沈黙を壊す。
 「ジャズですか?」
 「そう。有名なトロンボーン吹きなんだ。」
 「トロンボーン?」
 「そうトロンボーン。ジャズっていうと、トランペットとかサックスとか、
 ピアノが花形って感じでしょ。でも、この音程の区切りが移動する感じが好きなの。
 仕事と反対。流れるような音がいいんだよね。」

目立つ楽器ではなくて、トロンボーンの音色が好きというのも彼女らしい。彼女はどんなことでも「私はコレが好き」というものがある。「なんとなく」な僕とは大違いだ。

明後日、僕は彼女の義弟になる。
 初めてこの店に彼女に連れて来てもらった時は、彼女と姉弟になるなんて想像もしてなかった。いまもちょっと不思議な感じだ。
 彼女に妹を紹介されて、偶然、友人の結婚式で再会して、告白されて、付き合って・・・。
 彼女の妹は彼女に全く似ていない。だから、時々、婚約者が先輩の妹だということを忘れている時がある。でも、どこかしら似ているのだろうか。だから僕は好きになったのかもしれない。
 「お前、先輩の妹に手を出すのはまずいだろう。
 まあ、結婚までいったからよかったようなものだけど。
 先輩さしおいて結婚しちゃうのも、ちょっとまずいような気もするけど、
 まあ彼女は結婚なんて全く興味ないみたいだしな。」
 仲人になる上司はこの経緯に驚きながらも
 「まあ、親子で会社にいる人もいるからなあ、
 姉弟がいても不思議じゃないけどな。
 苗字も違うし、ま、いいんじゃないの?
 でも、お前、立場弱いぞ。」
 と、少し心配してくれた。
彼女は僕たちの恋愛に関しては何も言わなかった。
 「君は優しいところが美点だけと、
 それって優柔不断ってことでもあるからねえ。
 妹に押し切られたんじゃないの?
 あの子はああ見えて結構強情だから。」
 僕らの結婚について、彼女からの感想は特になかった。
 けれど、僕たちが付き合い始めてからは、飲みに誘ってくれなくなった。だから、妹から僕のことは聞いていたんだと思う。
 そして、今日、久々に誘われた。
 「同僚として飲む最後だからさ、今夜ちょっと飲みに行く?」

「写真、沢山撮ってきてね。蒸溜所巡りもするんでしょ?
 あ、蒸溜所って、ねずみ対策のために猫を飼うって知ってた?
 そういう猫のことをウィスキーキャットっていうんだって。
 ほとんどペット化してるらしいけど。そういう猫の写真も見たいな。
 ネス湖も行くんだってね。恐竜の写真も撮ってきて。
 高く売れそうだし。おみやげは何を買ってきてもらおうかしら。
 言っとくけど、親族の祝いしかしないからね。同僚としての祝いは無し。」

また沈黙に包まれる。

「なんだか不思議ね。」
 彼女はゆっくりとロックを飲みながら、店に飾ってあるスコットランドの写真を見ている。
 今自分の置かれている状況の輪郭がぼやけていく。
 彼女とどうなりたいとか、告白したいとかは思っていなかったはずなのに、心の中の隙間が僕にささやく。
 『本当は彼女が好きだったんじゃないのか、お前?』

「妹を幸せにしてやってね。それから、
 先輩として、君にも幸せになって欲しいな。」
 僕は「はい」と小さく返事することしかできない。
 「で、もし私がずっと独身のままだったら、
 ちゃんと長生きして、私のお葬式を出してよね。」
 「先輩は素敵な人だから、ずっと独身なんてことないですよ。」
 「あら、お世辞も言えるようになったんだ。
 私、結婚はしないつもり。
 だから、君たちが結婚してくれて本当嬉しいの。
 子供もガンガンつくって
 親に孫を抱かせてやってよね。」
 「・・・はい。」
 「なんかね。
 君がどこか知らないそこらの女の子と結婚するより、
 妹と結婚してくれて、本当嬉しいの。
 上手に言えないんだけど・・・。」
 『それって、僕のこと意識してたってこと?』

「別に君に特別な感情があるってことじゃないよ。
 誤解しないでよね。なんか、
 最初から縁がある感じだったのかもね。わかる?弟くん。」
 彼女はいつも、僕の心の中を先回りする。僕が分かりやすいのだろうか。
 「あのう、弟くん、っていうの、
 ちょっと恥ずかしいです。」
 「あら、そう?私、妹しかいないじゃない?
 弟ができるの嬉しいなあ。
 しかもこの弟のこと、よおく知ってるしね。」
 彼女は本当の弟にするみたいに、僕の髪の毛をくしゃくしゃとなで回した。

今日の彼女はよく笑う。
 僕はずっと黙っている。
 でも、ウィスキーは黙っているしかない僕を急かせたりはしない。

「来週から家族だね。」
 「そうですね。」
 「夫婦の揉め事とか、私に持ち込まないでよね。
 もちろん、仕事のトラブルももう自分で解決してください。」
 「・・・はい。」
 「私も行くわ。いつか、独りで。
 スコットランドからずうっとアイルランドまで。」
 「その時の為にいっぱい写真をとってきます。」
 「そうね。」
 「この次は妹と三人で飲みましょう。
 これからは・・・ね・・・。頼むよ弟くん。」

憧れは憧れのままでいいのかもしれない。
 とてもリアルで不思議な夢のように、僕は、今日の事を誰にも言わずにずっと憶えているだろうと思った。
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