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Whisky × Jazz

グラス片手に「大人の時間」を愉しむ為のコンテンツ Jazzy Short Short. THANKS REAL COMMENT. RADIO CHANNEL
Whisky × Jazz ジャズといえば、ウイスキー。この法則に、理由なんてない。 ただ、良質のジャズには、良質のウイスキーがよく似合う。それが事実。洒落たジャズを聴きながら、美味しいウイスキーを愉しむひととき。ここは、そんなゆったりとした「大人の時間」を、もっと素敵に演出するコンテンツ。さぁ今宵も、グラスにウイスキーを注いで、マウスをそっと握ったら、とびきりジャジーなドラマが始まります…。Presented by NIKKA WHISKY
Jazzy Short Short.ジャジーなショートショート♪
「Life」 Jhon scofield & 竹鶴

会社を辞めたのは、金儲けの為ではない。
 それを告白すると、大抵の元同僚たちは「またまた」などと、冷やかすのだが、独立して年収は減った。サラリーマンの時には見えなかった様々な経費、年金や保険や税金が思いの外多い。サラリーマンの時には天引きされていた費用を見ていなかったせいだ。それでも、本当に辞めてよかったと思う。やっと人間らしい生活を取り戻せた気がする。

「どうだ?一国一城の主の気分は?」
 7時に来るように言っておいたのに、倉橋がやって来たのはすでに9時を回っていた。
 「相変わらず忙しいのか?」
 「まあな。社長さんになって忘れたか?あの会社の体質を。」
 「ははは。そうだったな。じゃあ、これでも早く抜けて来たってことか。」
 「もちろんだ。」

倉橋は、私にとって戦友のような存在だ。
 私が会社を辞めたことで、一番傷つけたと思う。そのせいだろうか、何度連絡をとっても、なかなか会うことができなかった。

「意外と小さいオフィスだな。」
 「まあ、経理のアルバイトと、助手を雇っているだけの3人所帯だからな。
 こんなもんだろ。」
 「社長室はないのか?」
 「社長、社長言うなよ。そんなものあるわけないだろう。
 ここの家賃を払うだけで精一杯だ。」
 「そんなことないだろう。この間、吉本さんに会ったら
 『仕事を断られた』って言ってたぞ。
 景気が良すぎて回らないなら、人を増やせばいいのに。」
 「ああ、あれね。一定以上の仕事は受けないことに決めているんだ。
 それをやり始めると会社に居たときと同じになってしまうからな。」
 「頑固だなあ。経費も自由に使えるし、お前ならちょっとした企業家になれるのに。」
 「もういいんだよ。仕事は。メシは?まだだろう?
 簡単なものしかないけど、近くのデリでつまみを買っておいたよ。喰うか?」
 「なんだ、豪華接待じゃないのか。期待して来たんだぞ。
 それで何だ?見せたいものって?」
 「おお、そうだ。7時の方が晴れていて良かったんだが・・・。これだよ。」
 倉橋を隣の部屋の窓辺に案内する。
 「なんだ?お前、こんな所で天体観測してるのか?」
 「まあ、いいから覗いてみろよ。」

「え?こうか?」
 倉橋が望遠鏡を覗く。
 「これって、土星か?こんな都会でも輪がちゃんと見えるんだな。」
 「そうなんだよ。ちょっと驚かないか?土星の輪。」
「お前、昔から天文好きだったか?初めて聞いたぞ。」
 「いや、この間衝動買いしたんだ。ドンキホーテで。
 安ものなんだけど、月の表面もくっきりと見える。」
 「へえ。」
 倉橋はじっと土星を覗いている。
 「今日は新月だから、よく見えるだろう。やっぱり月って明るいんだよ。」

やっと倉橋が望遠鏡から顔を上げ、簡素な応接セットに座る。
 「久しぶりだな。」
 「そうだよ。俺が会社を辞めてからもう一年以上だぞ。冷たい奴だな。」
 「忙しいんだ。」
 「わかるよ。疲れてるのか?」
 「少しだけな。中間管理職だからな。働く奴は少なく、
 働かない奴ほど権利を主張する。」
 「・・・何か飲むか?この間もらったウィスキーがあるはずだ。」
 「ああ、ストレートでくれ。ここまで歩いて来たから身体が冷えてしまった。」

小さなキッチンからグラスを取り出し、ウィスキーを注ぐ。
 「お、竹鶴じゃないか。やっぱり儲かってるんじゃないか。」
 「いや、これは女房の弟からのもらいものだよ。
 このポテトサラダ、結構いけるんだぜ。できあいなのに、甘くない。」
 倉橋は美味そうにウィスキーを一口くぃっと飲んだ。
 「で、本当のところはどうなんだ?仕事、断ったりして平気なのか?
 そんな貴族商売でやっていけるのか?」
 「まあ、どうだろうな。ダメかもしれないな。」
 「なんだよ、頼りない社長だなあ。星なんか眺めている場合じゃないだろう?」
 「なんとかなるよ。子どもも大きくなったし、まだ身体も元気だし。
 未来の事を考えたら会社なんか辞められないよ。」

私も倉橋のように疲れていた。毎日に。仕事に。人間関係に。
 眠る前に「疲れた」と思うようになったのはいつ頃からだっただろう。
 会社に入って20年ちょっと。いわゆる大手商社で、聞こえはいいが、実際に「機動力」として働いているのは一部の人間だけだ。そして、その人間ばかりが忙しい。過労死をするのもそういう連中だ。
 能力のある人間が、ない人間を食べさせていく。会社もひとつの家族と同じように、そこには「あきらめ」に似た「受け入れ」と「責任感」しかない。
 エリートと呼ばれる企業戦士たちは、そういうことも受け入れて戦わなくてはならない。例え同じ給料だとしても。
 会社を背負うことについて、「できるものが、やればいいのだ」とずっと思ってきた。
 そんな不公平よりも、その合間の出世競争だの、主導権争いだの、くだらない派閥争いに巻き込まれ、優秀な兵隊として、あちこちに移され、疲弊していくことがきつかった。
 能力を売り、体力を売り、休日を売り、自分の時間の全てを売り、もうこれ以上、会社に提供できるものは何もない、と思う日々が続いた。年齢的に無理がきかなくなったせいかもしれない。出世欲のなかった私は、厳しい前線にばかり配属された。そこで成果を出し、その手柄で他の誰かが昇進することの繰り返しだった。利用されやすい人間だったのかもしれない。
「もう一杯もらっていいか?」
 「ああ、もちろん。」
 「この竹鶴って、人の名前なんだよ。知ってたか?」
 「珍しい名前だな、名字か?」
 「名字だ。このウィスキーを作った人の名前だそうだ。」
 「ウィスキーにしろ、何にしろ、自分の名前が付けられたものが
 あるっていうのはすごいもんだな。」
 「そうだな。」

 倉橋は本当に疲れているのだろう。よく話す奴なのに今夜はあまり話さない。
 「音楽でも聴くか?」
 「優雅な事務所だな。ああ、ジャズがあるならかけてくれ。」
 「そう言うと思って、CDを買っておいたんだ。」

「お、ジョンスコじゃないか。お前、分かってるねえ。」
 「ああ、以前にこの人の話してただろ?急に思い出して、買ってみたんだ。」
 「格好いいよなあ。俺も会社辞めて独立しようかなあ。
 それで、ジョンスコバージョンのギターを買って、
 仕事が終わったら、ちょっとづつ練習するんだ。」
 「お前、ギター弾けるのか?」
 「ああ、ジャズ研だ。もう、指も動かないだろうけどな。
 この人のアイバニーズのギターに憧れたなあ。綺麗な楽器なんだよ。」
 ジャズで少し元気になったらしい。倉橋がいつものようにウンチクを話し始める。
 「で、このギターがなんと日本製なんだよ。」
 「次のボーナスで買えばいいじゃないか。それくらいの贅沢許されるだろう。」
 「そうだな。仕事ばっかりじゃ、何の為に生きているのかわかんないよな。」
 「星を見るとな、そういうことを思い出すんだ。
 例えば、何万光年とか言われると果てしなくなるけど、
 10光年、なら想像がつくだろう?」
 「10年前の光をみている、ってやつか?」
 「そうだよ。その光が進んでいる間、自分は何をしたか、って思うんだ。」
 「ここにあるよ。その間にウィスキーになったやつが。」
 「そうだな。35年か。35光年の星を探してみるよ。」
 「今、見せてくれよ。で、35年を飲みほそうぜ。
 ちょっと格好良くないか?俺たち。」
 「まあ、こんな事務所でよければな。」
 私はインターネットで35光年の星を検索し始めた。
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