「流れていく星と時間 〜もう会わない友へ 〜」 Stardust & JIM BEAM
『スターダスト』を聴くと、いつも思い出す景色がある。
私たちは若くて、誰も「何者」でもなかった。
つまり、私たちの誰も、胸を張って言えるような職業についてはおらず、「・・・になりたい」という思いだけを抱えて生きていた。
ある者は留年した学生であり、ある者は食べられない劇団員であり、ある者は稼げないミュージシャンであり、ある者は作家志望だった。
誰にでもそういう時期はあるのだと思う。航海に出発する前の準備期間。準備だけが永遠に続くのではないかと思うような不安ばかりの時間。
振り返ってみれば、ほんの一瞬のことなのに、なぜあれほどまでに焦り、苦しんだのだろう。
そういう集団の常として、私たちはいつも貧乏だった。
いつから、どういう風にあの仲間が集まるようになったのかは忘れてしまったが、あの頃は知り合えば「友達」になることができた。
ある夏の暑い夜。
仲間のなかで、だた一人クーラー付きの部屋に住んでいたケンイチの部屋で、ユウコの実家から送ってきたトマトを食べながら、
「どっか涼しい所へ行きたい。」と、誰ともなく言い出した。
時間だけはたっぷりある私たちは、「それじゃあ、軽井沢にでも行くか!」ということになり、車を持っている仲間を呼び出し、六本木でバニーガールのバイトをしているナオをピックアップして、東京を出発したのは夜中に近い時間だった。
真っ暗な峠道をぎゅうぎゅう詰めのバンで、怪談話やしりとりで大騒ぎしながら、私たちは軽井沢を目指した。私たちは大笑いしながら、或いは口論しながら、不安な未来や真っ白な明日の予定を誤魔化すかのように遊び続けたし、遊び続けなければならなかった。
軽井沢には着いたものの、夜の軽井沢は日本の他の田舎と同じで、開いている店などもちろんなく、ひっそりと濃い闇の中に沈んでいた。
「来たことは来たけどさー。どーすんだよ。どこ行く?」
「折角来たけど、これじゃあ何も見えないじゃない。」
「そーだよなー。」
「あ、俺、星が見える所知ってるよ。昔、じいさんの別荘があった近く。」
「お前んち、別荘なんか持ってたのか!金持ち!」
「じいさんのだよ。とっくに売ってるよ。」
「じゃ、星でも見て帰るか!」
「そうだね。東京じゃなかなか星なんて見られないもんね。」
仲間内ではちょっと良家の子息であるケンイチが、運転を代わり、地図をにらみながら山道を走っていく。
「どこまで行くんだよ。」
「ちょっと、懐中電灯貸して。どこにあるの?」
「ダッシュボードにあるだろ。」
「おい、誰かナビゲーターくらいしろよ。」
「あ、じゃあ私がする。どこ行くの?」
「鬼押出し。」
「おにおしだし?なんだ?それ?」
「浅間山の噴火のあとの溶岩が転がってる所。」
「そんな所、こんな時間に開いているの?」
「公園だからさ。その近くに見晴らし台があって、そこから星が見えたと思うよ。」
車の中は騒がしかったが、外は真っ暗で、信号は全て黄色で点滅していた。
警察署の前の電光掲示板が「17℃」と気温を知らせていた。
「着いた!」
「えー何にも見えないよー。」
「ヘッドライトが眩しいんだよ。消せよ。」
「ちょっと、懐中電灯持ってたほうがいいよ。」
車を止めて、転がるように私たちは外に出た。
誰もいない見晴らし台は空に浮かんだバルコニーのようだった。
闇に目が慣れるまで何秒か時間がかかった。
「すごーい!!」
「あれって天の川?初めて見た。」
「すごいね。」
生まれて初めて見る一面の星空だった。
ひとしきり感動すると、みんなその星の数に圧倒されて黙ってしまった。
空の端から端まで埋め尽くすように星が散らばり、くっきりと天の川が流れ、いろんな色のいろんな大きさの星が、澄んだ空気に瞬いていた。
「見えないだけで、こいつら、本当はずっとあるんだよな。」
「俺たちが生まれる何万年も前からずっとあるんだよ。」
「俺ら、ちっぽけな存在なんだな。」
「・・・・・。」
「あ、流れ星。」
「え?」
「ほら、すーっと一瞬糸が見えるでしょ?」
「え?流れ星って、今光ってる星が流れるんじゃないの?」
「何言ってんの?理科ちゃんとやったの?星が流れてるんじゃなくて、
あれって、隕石が大気圏に突入するときに燃える光だよ。」
「へえ、知らなかった。お前、バニーの割に頭いいな。」
「そんなの常識です。」
その時、ユウジが突然、『スターダスト』を演奏し始めた。サックスをいつも肌身離さず持ち歩くユウジは、あまり話をしない分、感情が高まると突然サックスを吹き始めるという悪癖があった。
伴奏もない『スターダスト』は岩に反射しながら大きな音で暗闇に吸い込まれていった。
みんな心の中では分かっていたのだと思う。
こんな時間は一瞬でしかないことを。
こうして集まって騒いで誤魔化せる猶予期間がもう残り少ないことを。
誰も言葉に出しては言わなかったけれど、ユウジのサックスはその残り時間の少なさをちゃんと語っていた。
「寒い。」
「もうすぐ夜明けだろ。一番冷える時間だからな。」
「あ、私、お店からバーボンもらってきた。」
「おー偉いな。酒飲んで暖まろうぜ。」
「あ、運転手はダメだよ。」
「えーそんなあ。じゃあ、免許持ってる奴でじゃんけんな。」
「ひとりじゃ無理だよ。」
「あ、僕、飲まないから運転するよ。」
まだサックスを吹いていたユウジが名乗りをあげる。
「じゃあ負けひとりは運転手。」
「おーし、最初はグー、じゃんけんほいっ!」
「わー、負けたあ。ちきしょー。」
紙コップにジム・ビームを分け合い、私たちは朝陽が昇るのを待っていた。
ジム・ビームがそれぞれの心の中の凍えた部分を暖めた。
それぞれがそれぞれの悩みを抱えながら、冷たいアスファルトの上に寝転がり、星を見ていた。
沢山の星が流れていった。
あれから長い時間が流れ、いつしか彼らと連絡を取り合うこともなくなった。
平凡な家庭を持った者。子供を抱えて奮闘する者。外国へ行ったきり音信不通の者。早い死を迎えた者。
みんなも『スターダスト』を聴くと、あの夜のことを思い出すだろうか。
あの時のジム・ビームの香りと一緒に。
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