「ナチュラル」 ハイ・ファイブ&北海道
同じ日本でも、景色って違うんだな。
或いは、私たちが育った北海道という環境が日本の他の地方と違いすぎるのかもしれない。
大分県。郁代が引っ越さなければ訪れることなどなかったかもしれない。千歳まで2時間近くかかる札幌郊外から、ここまで4時間。4時間でこんなに景色の違う場所に来られるというのも不思議だ。
「意外と近かったでしょ?疲れた?ようこそ大分へ!」
郁代は至って元気そうで、ホーバークラフトの発着場所まで軽トラックで迎えに来てくれた。そこから軽トラックに揺られて1時間ちょっと走ったところが郁代の新しい住まいだった。
「ナティも君子に会うの、すごく楽しみにしててね。
朝からナポリピザを君子に食べさせるって、張り切っているのよ。」
郁代の新しいパートナーは『ナティ』という名前なのか。イタリア人だと言っていたけれど、ちょっと変わった名前だ。
「ナティ、って本名?」
「ううん。本当はナタリー。でもナタリーって名前が嫌いなのよ。
だからナティって呼んでるの。」
「日本語は通じる?」
「どうかな。単語ぐらいは分かるみたい。普段は英語で話してるから。
でも勘で何を喋ってるか分かるみたいよ。」
郁代は小さい頃からの幼なじみで、私たちは双子のように育った。私には年の離れた兄しかいなかったし、郁代は一人っ子だった。家が近所でどちらの両親も勤めと農作業で忙しく、いつも二人で遊んでいた。
郁代は一人っ子のくせに、親分肌で、近所の悪ガキも郁代には一目置いていた。私はそんな郁代の後ろにいつもくっついていた。
そんな風に私たちは成長し、大学まで同じ学校に通った。就職してからも、郁代が結婚するまでは、郁代に会わない週末はなかった。
就職してずっと私を守ってくれた郁代がいなくなるということは、私にとって大きな出来事だった。
私は、何もかも郁代に任せきりで、クラブを決めるのも、誰とデートするのかも郁代に決めてもらっていたようなところがあった。
郁代はどこに行っても人見知りもしないし、誰とでも友達になれるタイプだったけれど、私は引っ込み思案で郁代が居ないと友達すら上手につくれなかった。
それでもやっと私が今の職場に慣れてきた頃、郁代が結婚した。相手は県庁に勤める職員で、電撃結婚だった。郁代の結婚式は、私自身の郁代からの卒業式でもあった。
郁代は「白いウエディングドレスなんて、処女信奉の象徴だから絶対に着ない!」と言い張り、バージンロードを郁代と一緒に歩くのを楽しみにしていたおじちゃんの反対を押し切って、普通のダークスーツで結婚式をした。
勉強もスポーツもできた郁代は、いわゆる「男勝り」というか「男と女と何も違わない」という考え方の持ち主だったので、私は結婚すらしないのではないかと思っていた。
出産と同時に仕事を辞めた郁代は、世界各国で夫から虐待を受けている妻を支援するNGOを手伝い始め、育児が落ち着いた頃からは、その活動に打ち込むようになった。
そこで知り合ったのが、今郁代と一緒に住んでいるナティだ。
離婚の経緯はあまり聞かされていない。決まった時間に出勤して、毎日決まった時間に帰ってくる県庁職員の郁代の夫は、郁代に好きな人ができてどんな風に思ったのだろう。しかも、その相手は女性だったのだから。
「さ、着いたよ。」
郁代の新居は、古い農家で、がらんと大きかった。雪の少ない九州だからだろうか、壁が少なくて、障子や窓を開け放つと屋根だけになってしまうような家だった。
「ナティ、これが君子。君子、こっちがナティ。」
ナティさんは、日焼けしたそばかすだらけの顔でニコニコと笑って握手してくれた。金髪のおかっぱスタイルの髪がとてもよく似合う人だ。
「はじめまして。」
「コンニチワ。ナティデス。」
「お腹すいたでしょ?ちょっと早いけど、夕ご飯にしようか。縁側で。」
少し里山に入ったところにある郁代の家からは、周囲の紅葉が美しかった。
「電話で言ってたの、本当だねえ。北海道はもうストーブ点けているのに、
こっちは、まだ暖かい。」
「そうでしょ?今日はちょうど満月だから、お月見しながらご飯食べられるよ。
まだ蚊がいるから気をつけてね。季節終わりの蚊は毒がキツイから。」
女性同士のカップルに会うのは初めてだから、どんな風に接すればいいのかと思っていたけど、こうして実際に見てみると、他の男女のカップルと別に変わらないと思う。
二人は目が合うとそれだけでニコニコして、幸せそうだ。性別とか国籍なんて、誰かを好きになるのには関係ないのかもしれない
色んな話を三人でして、時折英語とかイタリア語とかを交えながら、久々に郁代の側に居るのは心地よかった。郁代が育てた野菜とナティさんの作るイタリアンはとても美味しかった。
「あ、そうだ、おみやげ。」
食事もあらかた食べ尽くし、おみやげとして買ってきたウィスキーをナティさんに渡す。
「これ、私たちが育った北海道で作ってるウィスキーなの。
ほら、ここに『北海道』って書いてあるでしょ。二人に飲んでもらおうと思って。」
「アリガトウ。ン・・・イクヨ、ヤクシテ・・・ニホンゴ。」
ナティさんが郁代に英語で話す。郁代は笑いながら相づちを打っている。
「ナティったら、ウィスキー、大好物なんだって。私も知らなかったわ。
ここじゃ貧乏だからお酒なんて買わないのよ。殆ど自給自足だから。
で、ずっと言わなかったけどすっごく好きなんだって。
だから嬉しいって言ってくれって。
イタリアにいた頃は夜になるとジャズクラブに行って飲んでたって。
その頃よく聞いたバンドのCDをかけるから、三人で聞こうって。」
「ふうん。イタリアのジャズ?」
「私も何度か聴いたけど、いいよ。勢いがあって、
こののどかな田舎の景色に不思議とあうんだよね。」
テレビもない部屋の中から、スピード感のある音楽が流れてくる。ジャズっていうからもっとゆっくりとしたものかと思っていたら、テンポがあって、元気満載の感じの音楽だった。
「イタリアにもジャズってあるんだ・・・。」
「君子ったら・・・当たり前じゃない。日本にだってあるんだから、
きっとポルトガルにも中国にもジャズの演奏家はいるわよ。」
「そっか・・・。そうだね。」
「どこに生まれても、自分の好きなことをすればいいのよ。
別に法律があるわけじゃあるまいし。ね、ナティ?」
「ン?イクヨ、ポルトガル デ ジャズ キイタ?」
「ううん。多分って話。」
なんだか不思議な夜だった。
三人で笑って、話をして、久しぶりの自分らしい時間だった。
「郁代が結婚してたとき、郁代の旦那さんとこんな風に話ししたことなかったね。」
「そうだね。悪い人じゃないんだけどね。」
「子ども、あっちに引き取られたの?」
「うん。向こうの親は怒りまくってるからね。それに男の子でしょ。
ちょっとこの環境は難しいかなと思って。」
「寂しくない?」
「寂しいよ。でもいずれ、奴も奴の人生を生きて行かなくちゃいけないんだし、
しょうがないよ。」
「そっか。」
「君子もだよ。ちゃんと自分の人生を生きないとダメだよ。」
「うん。わかってるけど、私、ぼんやりしてるから。」
「そうだねえ。ちょっと成長が遅いよね、君子は。 でも、ちゃんとおみやげにウィスキーとか選べて偉いよ。 ちゃんと考えてくれたんだ。美味しいね、このウィスキー。」
久しぶりに郁代に褒められて、なんだか嬉しかった。
自分の好きなもの。自分の選ぶもの。そういうものを集めるのが人生なのかもしれない。
気づかないうち私は固定観念に縛られすぎていたのだろう。
イタリア人でも中国人でもジャズが好きだったら、ジャズを演奏すればいい。好きになった相手が男でも女でもそれを閉じこめる必要もない。
流れてくる音楽は私をうきうきとした気分にしてくれた。
ナティさんと郁代は庭で踊っていた。
|