「ジャズからロックへ」 オープンセサミ & 竹鶴
「お父さん・・・次の日曜日、家に居る?」
夕食後、ウィスキーと氷とグラス、つまみの小皿を載せたトレイを持って居間に移動した父に恐る恐るたずねてみた。
父はスポーツニュースを見ながらジャズのCDを流し、いつもの「マイタイム」を始めようとしていた。
「ん?日曜?お母さん、ゴルフは土曜だったかな?」
会話に参加するのをためらって、片づけ物が終わってもキッチンに居た母に父が聞く。
「ええ。」
母の声が緊張している。
「ん、居るよ。何だい?」
父は柿の種とピーナッツを小皿の中でより分けながら、いつもの様子で返事をした。
「ちょっと・・・・。」
「ちょっと何だ?」
「あのさー。私も結構いい歳じゃない?」
それで察してもらおうと思った私が甘かった。
父はよく言えば素直、悪く言うと単純な人なのだ。
「え?お前、マンションでも買うのか?」
話が全然違う方向に行ってしまった。
「そうじゃなくて・・・。」
「なんだ?はっきりしない奴だな。また留学したいとか言うんじゃないだろうな?もう、俺にはお前にかじらせるスネはないぞ。」
カラカラと音を立ててウィスキーグラスを持ち上げる父。
「えっと・・・会って・・・欲しい人が・・・いるんだけど・・・。」
父がテレビを見たまま固まった。
離れたキッチンから見ていた母も息をひそめている。
「そ、それは、あれか?えっと・・・男の人ってことか?・・・いや、お前ももういい歳なんだから、いちいち付き合ってる人を紹介することないぞ。」
ロックのウィスキーを父はぐびぐび飲んだ。
(やばっ・・・)と思いつつ、
「そうじゃなくて・・・結婚・・・しようかと・・・思っ・・・て・・・る・・・んだけど・・・。」
沈黙。
2杯目を父が作って飲む。
かなりペースが早い。
もう一杯ロックで一気に飲んだ父は、
「何をしてる男だ?」
と聞いた。
「大学の先生。」
「どこの大学だ。」
「国立大と私学と掛け持ち。」
尋問が始まった。
父はさっきから私の方を見ない。
(もしかして泣いてる?)
「教授か?」
「まだ助教授。」
「いくつだ?」
「私より5つ上。」
「ふむ。」
父の尋問がちょっと弱まった。
「専攻は?」
「経済学。」
「ふむ。」
「初婚か?」
「うん。」
また沈黙。
「身長は?」
「身長?・・・190センチ、くらいだと思う。」
「健康か?」
「健康すぎるくらい。」
また沈黙。
「ウィスキーは飲めるんだろうな。」
(はあ?それが娘の亭主になる男の条件かよ?)
「飲めるよ。」
「うむ。わかった。」
(えー!?名前とか聞かないわけ?)
「もうわかったから。行きなさい」
父は柿ピーを食べながらいつものように飲み始める。
(やばいっ!)
しかし、父が独りの世界に入ってしまうと、もう話しかけても無駄。しつこく言うと怒らせてしまうだけだ。
キッチンに居る母の所へ行き
「どうしよう。肝心なこと言いそびれた・・・。どうしよう?」
もう半泣きで母にすがりつくと、
「聞かないほうが悪いのよ。放っておきなさい。日曜に驚いたらいいのよ。」
と、これも冷たい意見だ。
結局肝心な事を言えないまま、その夜が終わってしまった。
日曜日。
彼がやって来た。
何も知らない彼はご機嫌だった。
「ミチのオトーサン、ウィスキー、ダイスキネ?」
と、いつも父が飲んでいる高級な「竹鶴」を買ってきていた。
(どこからみてもガイジンだよなー。でもお父さん、外国人って思ってないよなー。まずいなー)
母は、「娘がどんな名字に変わるのかも気にしないお父さんが悪いのよ。今時、30過ぎの娘が結婚するなら、外国の人?年下?って聞くのは当たり前よ。よくあんなで役員なんか勤まるわね。」なんて呑気な事を言っている。
母は、私が「付き合っている人が居るの・・・。」と告白した時点で「日本人?」と聞いたのだ。
・・・憂鬱だ。父は怒らせるとかなり面倒なタイプなのだ。
彼を伴って玄関を開ける。
「ただいまー。」
いつもよりおしゃれをして赤いセーターを着た父が玄関に出てきて、彼を見たとたん、へなへなと座り込み「ぽかーん」と口を開けた。
(いくら何でもそのリアクションはないでしょー?)
「お父さん、こっちが、ケイン・ロックさん。ケイン、彼がマイ・ファーザー。」
父はまだぼんやりとしたままだ。
(ショックが大きすぎたか?)
母が後ろでけらけら笑っている。
「オトーサン、オアイ、デキテ、コウエイ、デス」
ケインの先制攻撃を受けて、我に返った父は、
「ナ、ナイス、ユー」
と言ってしまった。多分「ナイストゥ ミーチュー」と言おうとしたのだろう。
ケインも父並のマイペースなので、
「オー、サンキュー!!!」
なんて言って感激し、父の肩を抱いた。
(それってあり?)
と思っている間に、父と一緒に居間に移動してしまう。
(あー私って結局世界の中からお父さんに似た人を捜しただけ?)という疑問を浮かべつつ、彼が持ってきた「竹鶴」と氷とグラスとつまみをいれた小皿を用意した。
父は、娘の結婚相手が外国人だった、という事実に直面し、あらぬ事を口走り、なんだかよくわからないまま、「やあやあ」なんて握手をし、「日本語は大丈夫か?」と日本語で言い、用もないのに母を呼んで「ロックさんに肴をもっと持ってこないか!」とイライラしてみたりしている。
(なるようになるさ!)
私はトレイに乗せた「竹鶴」をテーブルに置いた。
「ウィスキー、お好きなんですよね?」
父が珍しく敬語でしかも威圧的にケインに話しかける。
「イエース!ワタシノ、ハハカタノオバアサン、スコットランドノヒト、ダカラ、ウィスキー、イチバン、スキ!」
「お!これは・・・竹鶴。」
「あ、お父さんにって、ケインが持ってきたの。」
「ふむ。」
ちょっと株が上がったようだった。
「ジャパニーズウィスキーはどうですか?」
父がケインにたずねる。
(そんな事より他に話すことがあるでしょ!)
「ウィスキーダイスキデス。ミチニ、オシエラレテ、スキニナリマシタ。オトーサンガミチニ、オシエテクレタ、ウイスキー、ワタシモダイスキデス。」
もはや天然同士の会話としか言いようがない。
「ジャズはどうだ?私はジャズが好きなんです。あなたの名字はロックだが、ジャズを聞く心くらい分かるでしょう。」
(何?その挑戦?ジャズが分からないなんて言ったら反対するつもり?)
「未知、ちょっとフレディ・ハーバートをかけてくれないか?」
(何始めるのよ!)
「ロックさんはこれを聞いてどう思いますか?」
父のささやかな抵抗だろうか?それとも面接か?
ケインはじっと音楽に耳を澄ませ、一曲目が終わってから言った。
「ワタシ、ミチトノアイダニ、モシ、ムスメ、デキテモ、キョウノオトーサンノヨウニ、ドウドウト、デキナイ。タブン。ジャズキイテ、カンソウヲキクヨウナテスト、トテモデキナイ。キット、ナイテシマウ。ボク、ナニモイエナイ。オトーサン、ゴメンナサイ。」
ケインは日本人のように父に頭を下げた。
父はケインをじっと見ていた。
私と母は父をじっと見ていた。
父は少し涙ぐんでいた。
「オープンセサミ=開けゴマ!」は魔法の呪文。
頑固な父の心の扉は開いたみたいだ。
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