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Whisky × Jazz

グラス片手に「大人の時間」を愉しむ為のコンテンツ Jazzy Short Short. THANKS REAL COMMENT. RADIO CHANNEL
Whisky × Jazz ジャズといえば、ウイスキー。この法則に、理由なんてない。 ただ、良質のジャズには、良質のウイスキーがよく似合う。それが事実。洒落たジャズを聴きながら、美味しいウイスキーを愉しむひととき。ここは、そんなゆったりとした「大人の時間」を、もっと素敵に演出するコンテンツ。さぁ今宵も、グラスにウイスキーを注いで、マウスをそっと握ったら、とびきりジャジーなドラマが始まります…。Presented by NIKKA WHISKY
Jazzy Short Short.ジャジーなショートショート♪
「ゆったり流れる時間」 「Too Marvelous For Words 」&グレンゴイン

空中を自転車で飛べたらこんな感じかもしれない。
飛行船はあまりにゆったりと進むので空中にいることを忘れてしまいそうだ。テスト飛行だから、何もない景色しか見えないけれど。

仕事で飛行船を起用することになり、そのテスト飛行の為に北海道に来た。もちろん飛行機には乗ったことがある。北海道までも飛行機で移動してきた。卒業旅行で行った南の島でパラセイリングにも乗ったことがある。今まで体験したどの乗り物とも違うスピードで飛行船が進んでいくことに驚いた。

宣伝用に空を行く飛行船は、地上から何度か見たことはあるけれど、実際に乗ってみると地上から見るスピードとは全く違う。周囲に速さを感じさせるような目標物がないからだろうか、空の中をゆっくりサイクリングしているようなスピード。わくわくどきどきするようなスピードではない。どちらかというと少し退屈するような速さだ。
けれど、その退屈な感じに慣れると、私の中の何かがサインを出すのだろう「ゆったりして大丈夫」。サインを受け取った心と体はゆるゆるとリラックスを始める。すると、なんとも心地よいスピードに思えてくるから不思議だ。

マッコイさんが振り向いてウィンクする。
「さ、これから、アーティスティックなランディングですよ。」
カタカナだけを本格的な発音で私に話しかけてくれる。
昨夜、「着地」についてマッコイさんが語ってくれたことを実証してみせるよ、ということだ。

マッコイさんはもともと戦闘機のパイロットだったらしい。どこの軍隊でどのような仕事についていたかは語ってくれなかったけれど、あの音速の速さ、大気圏に近づく感じは大好きだったと言っていた。
「それがなぜ飛行船のパイロットに?」
「ある日、歩いていて思いました。歩くみたいに、空、飛びたい。それで飛行船に乗り換えました。」
普通は音速の世界は未知のものだか、マッコイさんにとっては、ゆったりとしたスピードが未知のものだったのだ。
「私の一番、大好き。ランディングするとき、思った場所に、水鳥が湖に降りるみたいにスローにランディングする時ね。そのあと、大事なお楽しみあります。明日、教えてあげる。」
飛行船はゆっくりと高度を下げていく。観覧車が地上に近づいていく時に似ている。待ち受けているスタッフが段々大きくなる。

何もない原っぱに飛行船は着地した。
「どうでしたか?」
そう聞かれても、うまく感想が伝えられない。
「・・・言葉にならないなあ・・・で、お楽しみって何だったんですか?」
「おお、それ、一番大事ね。」
彼がズック袋を運んできた。
飛行船の音が止まると周りは草が揺れる音とどこかで鳥の鳴き声が聞こえるだけでとても静かだ。

彼は電池式のCDプレーヤーを取り出した。
「ジャズは夜だけじゃないね。気持ちいい場所、どこでも似合う。」
「これはなんて言う曲?」
「これは、『Too Marvelous for Words』。少し昔の曲ね。私のお父さん、好きでした。酔っぱらうとよく歌ってた。」
「どんな歌詞なの?」
「んー要は、あなたは素敵すぎてそのことを伝える言葉もない、ってこと。ヒツゼツに尽くし難い?日本語、難しい。さっきのあなたのようなね。言葉にならないくらいすごい。ってこと。」
アメリカ人にとっては「懐メロ」に聞こえるだろうその曲は、明るくて幸せなメロディーだ。
「古い映画にも使われてる。一度見てください。ハンフリー・ボガード。好きですか?」
「あの、君の瞳に乾杯する人?」
「ははは。日本語に訳した人天才ね。英語ではそうは言ってないけどね。」

曲の話から色んな話に広がって、マッコイさんの話は本当に楽しい。
「さあ、今日、これで全部おしまい。ここから、自分の時間。あなたもそうでしょ?」
そう言うと、マッコイさんはまたズック袋の中から、ステンレスのマグカップを2つと1本のボトルを取りだした。そして、グレンゴインと書かれたボトルを私のマグカップに注いでくれた。

「これは、私の国のお酒。これ、とてもゆっくり作る。だから美味しい。ゆっくりはジェントリーね。わかる?飛行船もゆっくり。ジャズもゆっくり。ゆっくりはシアワセね。だからゆっくり味わって。」

ストレートのスコッチなんて強すぎるかも、と思ってけれど、このお酒は軽い匂いでなんだか草の匂いがする。草むらの中で飲んでいるせいだろうか。
「グレンゴイン、って変わった名前ですね。」
「そうね、鍛冶屋の谷、っていう意味。昔鍛冶屋が住んでいたのかもね。おいしいですか?」
ニコニコとスコッチを飲むマッコイさんにうんうんと頷いて見せる。
私の心も体も完全にリラックスしてしまって、話すテンポまで遅くなる。

「スコットランドの酒、ドイツの飛行船乗って、アメリカのジャズ聞いて北海道にいるマッコイとあなた、セカイセイフクね。」
なんで「世界征服」なんて日本語を知ってるんだ?と思いながら、笑うマッコイさんを見ていると、本当に世界を征服したような気持ちになって、思わず一緒に笑ってしまった。

ぼんやりと過ごすゆったりとした時間。
こんな時間を持てるなんて思ってもみなかった。

ずっと遠くから、私をピックアップするための車が走ってくる音が聞こえる。
ジャズはまだ歌っている。
風が吹いている。
草が揺れている。
そんなに急がなくてもいいのに。
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