余市蒸留所写真 余市蒸留所写真

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第13話

第13話

「美味しい」という言葉が自分のもとまで届くのは、たまらなく喜ばしいことである。

竹鶴、という姓と随分長くつきあってきたが、幾度となく言われたのが「おめでたい苗字ですね」であった。そのせいかどうか、結婚式などのお祝い事に呼ばれることも多い。そもそも鶴という鳥は、大型で頸と脚が長く、その美しさから日本古来の民話や絵画に多く登場してきた。日本では特に長寿を象徴する動物として尊ばれ、祝いごとの図案や装飾によく使われる。結婚式の装飾や花嫁の着物にも鶴が描かれているのは、鶴が一夫一婦制ということにあるらしい。

この鶴をモチーフにしたウイスキー「鶴」(その当時は特級。アルコール度数43度760ml 15,000円従価税)が誕生したのは昭和51年。その年は米上院でロッキード事件が発覚、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」がベストセラーになった。気がつくとニッカウヰスキーも42歳。政孝親父が余市に蒸溜所をつくってから、もう半世紀近くが経っていたのだ。余市に続いて仙台に蒸溜所が出来て、個性の違う原酒が育ち、熟成がすすんだ原酒が揃っていた。余市と仙台で長年熟成した秘蔵のモルトをふんだんに使った設計で、モルト風味のしっかりとした、高級感ある味わいを出した。政孝親父、83歳。自ら手掛けた最後のウイスキーになった。例によって器にも凝った。美しい、鶴の佇まいを思わせる陶器のボトルには竹林に8羽(末広がり)の鶴が描かれており、ウイスキーのボトルとしては大変珍しいデザインである。製作とデザインはノリタケ(現・株式会社ノリタケカンパニーリミテッド)が行った。陶器のボトルの口は口径が微妙に違っており、栓を密着させるために栓の一部にコルクを用いた。本体にラベルを貼るとせっかくのデザインが台無しになってしまうので、NIKKAのロゴが入ったボトルタッグを掛けたのだが、これをコレクションしている人物がいたのには驚いた。数えると250本もあったという。

また、あるとき某大女優の方がテレビ番組出演中に「私はニッカの鶴が大好きなんです」と仰ったことがあった。思いがけない言葉に感激して、彼女が出演している舞台の楽屋に「鶴」を届けたところ「是非、お芝居を見に来てください」との連絡があり、私は劇場に出かけた。すると幕間に関係者の方がいらっしゃって「よろしければ楽屋へ」と言う。最初は遠慮しようと思ったのだが、せっかくのお誘いなので楽屋へ行くと、その女優さんは頭に羽二重を巻いたまま、笑顔で迎えてくださった。どこからともなく銀色のスキットルを出されて「この中に鶴を入れてきているんですよ」という言葉に、とても嬉しくなったものだ。ウイスキーづくりは途方もない歳月を費やし、すぐに結果が出てくれるものではない。そして一旦手放してしまったなら、その多くの行方はわからないのだ。どんな人が、どこで味わい、どんな想いを持ってくださるのか。つくり手はひたすら丹精を込めてウイスキーをつくり、常により素晴らしいものを求めるしかない。そんな中で幸運にも「美味しい」という言葉が自分のもとまで届くのは、たまらなく喜ばしいことである。

そして平成4年、「鶴」のスリムボトルが発売された。ラベルの「鶴」の文字は私が描いたもので、その名の通りスリムで透明なボトルには竹鶴本家(広島県竹原市)に伝わる「竹林に遊ぶ鶴」の屏風絵をモチーフにした鶴が描かれている。よくボトルを見てみると、あちこちに小さな鶴が隠れているのがわかる。ウイスキーに限らず酒を飲むとき、あまり器=ボトルをながめる機会はないだろうが、銘柄によっては遊び心が潜んでいるものもある。洒落たデザインのボトル、ひと工夫なされたボトルを眺めるにつけ、政孝親父の「ウイスキーを世に出すのは嫁にやるようなものだ。だから花嫁衣裳は立派なものにしてやりたい」という言葉が、脳裏をよぎるのである。