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第21話

第21話

ウイスキーと人は、どこか感覚の深い部分で繋がっているのではないか

ウイスキーは大麦やライ麦、トウモロコシなどの穀類から得られた蒸溜液を、木の樽で熟成させた酒である。こう言ってしまうと実に単純だが、出来上がったウイスキーは同じ時期に蒸溜し、貯蔵庫に運んだものでも微妙に香味に違いが現れたりする。ここがウイスキーの難しさであり面白さでもあるのだ。

私がマスターブレンダーを務めていたとき、ふっとこんな事が頭に浮かんだ。・・「我々ブレンダーだけが知っている、樽出しのままのウイスキーを世に送り出すことはできないだろうか」・・

力強い味わいの余市のモルト原酒と華やかでやわらかな宮城峡のモルト原酒。そこに豊かな香味を持つカフェグレーンウイスキーが加わることで、樽出しの醍醐味が感じられるブレンデッドウイスキーができ上がるのではないか。想像するだけで身震いするような、他に類を見ないウイスキー、ニッカウヰスキー『フロム・ザ・バレル』は「想像」から「創造」に向かって動き出した。

ブレンドしたウイスキーはすぐに瓶詰めされる訳ではない。ブレンドしてすぐのウイスキーはモルトウイスキーとカフェグレーンウイスキーが持つ香味成分が自己主張して、それが逆に互いの個性を台無しにしてしまう。ケンカしたままのウイスキーなど美味しいわけがない。それぞれが互いを知り、馴染みあい、調和するためにひとつの樽に入れられ再貯蔵されるのである。『フロム・ザ・バレル』は6ヶ月から1年、再貯蔵される。この間に水の分子とアルコールの分子が調和(会合)し、刺激がやわらいで香味が丸みを帯びていき、モルトウイスキーの特性が現れてくる。

一般的に再貯蔵後のウイスキーは、びん詰前に40~43度に調整される。しかし、『フロム・ザ・バレル』は加水してアルコール分を調節することなく、樽出ししたまま瓶詰めし、世に送り出すのである。発売された昭和60年当時はライトなタイプのウイスキーが主流であったため、「アルコール分 51・4度」は時代の流れに逆らう異端者的存在のように思われたかもしれない。ちなみに51・4度というのは英国の90プルーフ(※)に等しい数値である。

よく「どうやって度数を一定にするのか」と尋ねられるが、これは意外に簡単である。再貯蔵の過程にある原酒の度数を細かくチェックすれば良いのである。あまりに開きがあるものは、もう一度ブレンドをやり直す。ただ51・4度という表示アルコール分を遵守することはアルコール飲料生産者の義務なので、瓶詰直前に微妙な調整をさせていただいていることは、どうかご容赦いただきたい。

実際に味わうと、この異端者は魅力溢れる存在へと姿を変える。封を切りグラスに注ぐと、40~43度のウイスキーの場合、すぐに上立ち香(トップノート)が感じられる。しかし『フロム・ザ・バレル』は、一拍、間を置いて馥郁とした香りが不意打ちのように鼻腔に押し寄せるのだ。味わいも同じく、一瞬の空白の後、力強さと華やかさ、コクのある舌触りと味わいが、心地よい刺激を伴ってやって来る。

アルコール分が高めのウイスキーは、アルコールの香味を一番最初に感じるため一瞬の空白のようなものが生まれる。しかしすぐに嗅覚は香りに慣れ、口の中で唾液と馴染んだウイスキーから独自の香味成分が出ることで、より豊かな香りと味を感じることができるのだ。ウイスキーにほんの少し加水すると香りや味わいが増え、よりわかりやすくなるのも、このメカニズムによるものである。

アルコールはものを溶かす性質があり、アルコール分の強さに比例して溶解度が変わる。度数の高いウイスキーは独特な香味成分を含んでいるものだが、テイスティングの感覚は、また別のものなのだ。

これまで様々な商品を世に送り出してきたが、そのたびにはっとさせられることがあった。ブレンドの妙、熟成の神秘。そして味わう瞬間に感じる親近感のようなもの。「ウイスキーと人は、どこか感覚の深い部分で繋がっているのではないか。」- そう思うとウイスキーは単なる嗜好品ではなく、もっと別な存在に感じてならないのだ。

※英国の90プルーフ
英国におけるアルコール分表示方法(ブリティッシュプルーフ)は、アルコール分57・1%~100%までを75等分した1目盛りを「1オーバープルーフ(O・P)」、アルコール分0%~57・1%までを100等分した1目盛りを「1アンダープルーフ(U・P)」という。
『フロム・ザ・バレル』はアルコール分が51・4%なので、この場合は「約90アンダープルーフ(51・4÷57・1×100= 90・01…)」の意味。