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第38話

第38話

苗字が銘柄のウイスキー

『竹鶴ピュアモルト』が誕生して、早いもので5年になる。(2000年に発売)実はこの「竹鶴」という名前は、20年ほど前にニッカで商標登録済みであった。政孝親父は既に他界していたのだが「いつか(竹鶴という名前のウイスキーを)つくろう」という思いが何処かにあったのかもしれない。

また、日本酒好きな人はご存知かもしれないが日本酒の銘柄にも竹鶴がある。これは広島県竹原市にある竹鶴本家(政孝親父の本家)が営んでいる竹鶴酒造でつくられており、ウイスキーの竹鶴を世に送り出すにあたって問い合わせたところ「日本酒以外でしたら何なりとお使いください」と快諾してくれた。

『竹鶴ピュアモルト』が発売されて間もなく、バーへ行ったときのこと、こんな出来事があった。カウンターに座っているお客様が「竹鶴を水割りで」と注文された。おかわりを頼むたびに「竹鶴、竹鶴」。やがて私に気がついたそのお客様は「あっ、呼び捨てにして申し訳ございません。しかしウイスキーに“竹鶴さん”という訳には・・・」と顔を真っ赤にされた。私は「どうぞ、呼び捨てにして下さって構いませんよ。どうぞ竹鶴を召し上がってください」と申し上げたのだが、あれは面白かった。苗字がウイスキーの銘柄になると、いろいろなことがあるものだ。

第1号の『竹鶴12年ピュアモルト』は、四角いボトルに丸い木製のキャップが使用されていた。ボトル上部は、鶴が飛んでいる姿をイメージ。キャップは古い樽材を加工してコルクをつけたもので、随分と手間が掛かっている。出荷に間に合わないということで、樽材を丸く削る機械を増設するほどであった。キャップをよく見ると年輪のような模様があるが、この白っぽい部分は柾目面に現れる虎斑(とらふ)で、ウイスキーが漏れるのを防ぐ役割も果たしている。ある著名な女性デザイナーがこのキャップをいたく気に入り「服のボタンにしたい」と仰っていたのだが、実現したかどうか定かではない。

『竹鶴ピュアモルト』を発売するにあたり、事前に試飲会を行なったときのこと、香りに興味を持たれた方が多かった。「こんなに香りが良いなんて。これまでウイスキーを飲むことはなかったのですが、これなら美味しい」という声があちこちであがった。私がマスターブレンダーを務めている当時はウイスキーには約400種類の香りの成分がある、と考えられていた。機械がより進歩して現在では高速液体クロマトグラフを使用するのだが、驚くことに今は約1,000種類の香りの成分があることがわかっている。

『竹鶴ピュアモルト』はニッカウヰスキーが保有する複数の蒸溜所で熟成を重ねたモルトウイスキーをヴァッティングしたものであるが、単一蒸溜所のモルトウイスキーを用いたシングルモルトとは違った個性が楽しめる。余市のコクがあり力強いタイプのモルト原酒と、宮城峡のまろやかで繊細なタイプのモルト原酒。しかも、歳月を経て様々な特性を持つ原酒ができるようになり、ヴァッティングやブレンドによって幅広い個性のウイスキーをつくることが可能なのである。

秋になると、熟成具合をチェックするために2~3,000本のサンプルがブレンダー室に送られてくる。ウイスキー愛好家の方に「羨ましいお仕事ですね」と冗談めかして言われたことがあったが、これこそ百聞は一見にしかず。実際テイスティングを行なうと最初の数本で悲鳴をあげたくなるはずだ。

『竹鶴ピュアモルト』の特徴は、余市と宮城峡、双方の個性の調和にある。芳醇な香りとまろやかな味わいの中にも、コクと力強さが感じられる。一杯の竹鶴の中に余市と宮城峡。味わうほどに面白さが出てくるというのも特徴のひとつであろう。また、『スーパーニッカ』と飲み比べをするとピュアモルトとブレンデッドの違いが良くわかり、新しい発見が出来る。ぜひ、お試しいただきたい。- 『竹鶴』シリーズには、ラベルに政孝親父の顔が描かれている。このラベルを眺めると、時々思い出すことがあるのだ。それはある新聞広告に政孝親父の顔が大きく載ったときのこと。「わしを出すなと言ったじゃないか!」と大変不機嫌になった。『ブラックニッカ』のラベルの男のモデルに間違われたときも「わしはラベルに出るほど図々しくないぞ」とも言っていた。現在、『竹鶴』という名のウイスキーの、しかもラベルに肖像画が描かれていることに複雑な気がしないでもないが、もう許して貰えるだろう、と私は思うのである。

ここ数年のモルトウイスキーブームで、多くの人がウイスキーに関心を持ってくださることは大変喜ばしいことである。最近ではインターネットの掲示板で情報のやり取りをしたり、実際に会ってウイスキーを片手に語り合うということもあるらしい。ウイスキーを語る場、そして人の輪がどんどん広がっていく様を想像すると自ずと笑みがもれるのだった。