余市蒸留所写真 余市蒸留所写真

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第90話

第90話

おせち料理と鏡餅

年末年始は出かけることなく家で静かに過ごした。休みが続くと、どうしても曜日の感覚が鈍くなる。会社が始まるとさすがにいつもの状態に戻るのだが、正月ボケとはよく言ったものだ。

この時期、思い出すのが広島・竹原のおせち料理である。地方によって少しずつ内容が異なるだろうが、黒豆には同じくらいの大きさに切ったこんにゃくが混ざっていた。どのような意味があるのかは定かではないが、人にこの話をすると面白がられる。

そもそもおせち料理は、正月三が日、女性を家事から解放するため、正月に台所で火を使うことを避けるという風習からつくられるようになったらしい。黒豆は一年をまめに過ごせるように、海老は腰が曲がった姿が長寿を連想させることから長寿を願い、数の子は子宝に恵まれるように。それぞれ意味合いがあるものだが、子供の頃はさしてご馳走だとは思えなかった。どれも日持ちするように濃い味付けがされ、子供が好む料理ではない。それでも甘く味付けされた栗きんとんだけは例外で、子供たちで競うようにして食べたものだ。

鏡餅は、二段重ねの餅に昆布や橙などの縁起物で飾り付けをしたものが床の間に据えられた。当時、各家庭でもち米を用意しておくと“賃つき”のような人たちがやって来て手際よく餅をついてくれた。 「どうだ、やってみるか?」と杵を持たされたことがあったが、大変重く、子供には難儀な代物だった。あの重さがないとしっかり餅をつくことができないのだが、結構な重労働である。

餅をつく音が新年の足音のように感じられたものだが、今となっては懐かしい冬の風物詩である。お正月には雑煮がつきもので、リタおふくろは皆につきあって小さい餅をひとつくらいは食べていたが、あまり好きではなかったようである。

今でも我が家ではお正月らしく鏡餅を供えるが、ここ数年はプラスチックのカバーに密閉された、カビのつかない鏡餅である。ご丁寧に橙まで付いてくるので手間が省ける。便利な一方、少々気になることもあった。“果たして孫の教育上、プラスチックの鏡餅というのは如何なものか?”しかしそんな心配は無用だったようで、孫が鏡餅のことを気にしている様子は全くなかった。ちなみに生餅にカビが生えるのは至極当たり前の話である。

カビは約5万種類以上あるといわれており、空気中を舞っている。“餅につくカビは大丈夫か?”という質問をされたことがあったが、カビには様々な種類があるので気をつけるに越したことはない。確かに味噌や醤油、チーズなど醸造食品をつくるのに欠かせないものもあるが、そうでないものも数多く存在しているので“このくらい大丈夫”はやめておいたほうが良い。

さて、私が余市蒸溜所にいた頃は、年末ギリギリまで工場が稼動していた。ウイスキーの出荷の準備があるので休んでいられないのである。まだ馬ソリでウイスキーを運んでいたのだが、大きな鈴をつけていたのでシャン、シャン、シャンと、とても賑やかであった。賑やかをこえて、やかましかったかもしれない。サラブレッドのようにスマートな馬ではなく、足腰がしっかりして力持ち、働きものだった。やがて馬に代わって、キャタピラ付きの車となった。これならどんな雪道でも倒れることなくウイスキーを運ぶことができる。

雪道といえば、雪国の人は慣れた足取りで歩くのだが、雪に慣れていない人はひと苦労である。ひっくり返ったとき足が上を向いたら頭や腰をしたたかに打っている可能性が高い。私が育った広島にも雪は降ったが、冬の間数えるほどで、何十センチも積もることは少なかった。しかし、北海道や豪雪地域は雪がなかなか溶けない上に、夜のうちに凍ったり、たくさんの人が歩いて固められ、ツルツルに滑りやすくなっていたりして危険である。私は柔道と器械体操をしていたので比較的器用に歩けたし、転んでも上手に受身ができて大怪我をすることはなかった。

2月には札幌で「雪まつり」があるが、ときどき危なっかしい方の姿を見かけることがあった。もし見物に行かれるなら、くれぐれもお気をつけて。そして、時間が許すならば、余市に足をのばして蒸溜所にお立ち寄りくださいますように。