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第61話

第61話

シングルモルト北海道

先日、スコットランド同好の士が集まるスコットランド協会とカレドニアン学会の公開講座に出席させていただいた。スコッチ文化研究所代表の土屋 守 氏がスコッチウイスキーの歴史などについて講演され、私は政孝親父がスコットランド留学をしてから、どのようにウイスキーづくりに携わってきたか、その他諸々のエピソードなどを話させていただいた。政孝親父やリタおふくろの話を交えると、皆様が興味を持って聴いてくださる上に「聞いていて涙が出ました」と感想を述べられることもあり、それほど感激していただける喋り方はしていないのだが…、とかえって恐縮してしまうこともたびたびである。

出席された皆様はとてもウイスキーに造詣が深く、懇親会の後、12~13名で『ニッカ ブレンダーズ・バー』に場所を移し、ウイスキー談義に花を咲かせた。その際の話題のひとつが、やはり、シングルモルトウイスキーブームについてであった。

昭和59年11月、『シングルモルト北海道』(当時特級)が発売された。これは当年、ニッカウヰスキー創立50周年を記念して発売したニッカ初のシングルモルトウイスキーであった。このウイスキーは、余市蒸溜所で製造され、12年以上貯蔵熟成されたモルト原酒の中から、特に優れた原酒を選んでつくられたものである。ウイスキーの何たるかを伝えるべく発売し、これまでにない素晴らしいウイスキーの世界を提案したい、という想いがこめられたものであった。当時、容量700mlで価格12,000円。決して安いものでなかった。

このウイスキーにはちょっとした裏話があった。実は『シングルモルト北海道』の瓶は、他のウイスキー用の瓶であった。しかし最初に詰めていたウイスキーが思うように売れず、かといって、空き瓶を捨てるには勿体無い。そこで「これに面白いウイスキーを入れて売ってみよう」ということになったのである。

当時はさほど人気があった訳ではなく、やがて巷で見かけられなくなって随分経ってから、銀座のバーテンダーが「『シングルモルト北海道』があったらぜひ譲って欲しい」と、それは熱心に探されるようになった。私が会社や自宅の古いストックを探してみたところ数本ばかり出てきたので、小出しに持参したのを覚えている。

また、浅草の老舗バーでは、「まとまった数の『シングルモルト北海道』があった」と聞いたお客様の口伝で噂が広がり、それを目当てのお客様がたびたびやって来るようになったという。「良いものは皆で分かち合おう」という精神の表れであろう。ウイスキー愛好家の方は“独り占め”するタイプは少ないようだ。

その時代によってウイスキーに求められる味わいは微妙に違ってくるのであろう。今つくっていて人気がない商品でも、数十年後、日の目を見ることがあるかもしれない。ここ数年の焼酎ブームで若い人たちのウイスキー離れが危惧されているが、それでもバーへ行くと女性のお客様がウイスキーのグラスを傾けている姿があり、それを見ると頼もしさを感じる。すっかりウイスキーを飲まなくなってしまった方々は勿論、新たなウイスキー愛好者を増やすのは、我々メーカーの役割だと思っている。

『シングルモルト北海道』が発売されて間もなく、私は「感性・工夫・行動の3K」を提案したことがあった。この「3つのK」は“今ひとつの感性”“今ひとつの工夫”“今ひとつの行動”で、「感性」とは変化、情報の鋭敏なるキャッチであり、「工夫」とはそれに対処する新鮮・的確なる計画である。「行動」は今一歩踏み込んだ実践活動というもので、これは時代が変わっても不変であると確信している。

さて、先日、ウイスキーの保存方法について尋ねられたことがあった。ワインや日本酒と違ってウイスキーは比較的保存が難しくない酒である。温度変化が激しくなければ大丈夫であるが、一度開封したものは、時々キャップを締め直した方が良い。それでも少しずつアルコールや水分が抜けていくので、瓶での天使の分け前を惜しむならラップを巻くというのもひとつの方法である。ろうでシール(封印)してしまう方が間違いはないが手間がかかる。いずれ、一度封を開けてしまったウイスキーは、味わって楽しんで欲しいものだ。-これからも私に出来うる限りの“今ひとつの行動”があれば、どんどん実践していきたい。同時に、皆様の忌憚なきご意見も頂戴したいと願うものである。