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ニッカウヰスキーの歴史は、昭和9年、北海道余市町に設立した「大日本果汁株式会社」から始まる。ウイスキーづくりには時間がかかるため、設立当初は余市の特産品である果物をつかったりんごジュースなどをつくりながら、来たるべきウイスキー時代に備えてウイスキーの仕込み=蒸溜・貯蔵をしていた。
そして昭和15年、待望の第1号ウイスキーが完成。その商品には、社名の「日」と「果」をとり「ニッカウヰスキー」と命名。昭和27年には社名も「ニッカウヰスキー株式会社」とした。
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1830年頃イーニアス・カフェが発明した蒸溜機は、当時としては純度の高いアルコールが抽出できる画期的なものだった。その発明のおかげで大麦麦芽以外の穀類を原料とするウイスキーが生まれた。グレーンウイスキーである。現代の主流になっているウイスキーは、モルトウイスキーとグレーンウイスキーをブレンドしたもの。この純度の高いウイスキーを産する蒸溜機はその後改良が重ねられ、さらに精巧になっている。
しかし、ニッカは"最も原始的で非効率であり、かつ最も高度な技術を要する"というこのカフェ式蒸溜機にこだわる。なぜか。
理由は明快。ニッカはこの方法が最も"うまい"と考えるからだ。たとえ蒸溜に高度な技術を要しようとも、効率が悪かろうとも、原始的だからこそ生まれる雑味・旨味を大切にしたい。この一点にニッカはこだわっている。
日本で初めてグレーンウイスキーをブレンドした『ブラックニッカ』が、今でも多くの愛好家から支持されているのも、こうしたこだわりと無縁ではない。
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将来ウイスキー以外の総合的な洋酒文化の創造を見据えていた竹鶴は"果実の幸"に恵まれた余市の自然を「ニッカのための土地」と喜んでいたという。
ニッカウヰスキー株式会社の前身、大日本果汁株式会社をスタートさせて3年後の昭和12年には『アップルゼリー』『グーズベリーゼリー』『グレープゼリー』『アップルソース』、翌年にはリキュールタイプの『ニッカアップルワイン』を発売。とくにリンゴはその後もニッカと深いかかわりをもつことになる。その代表がリンゴ100%のスパークリングワイン『ニッカシードル』(昭和60年発売)である。水を一滴も使用していないおいしさはもちろん、低カロリーな『シードル』は、昨今のヘルシー指向にもフィットするなど、ニッカの新たな柱として成長している。このように創業時の財産は、今も"自然の恵み"を時代のニーズに生かしながら後世へと受け継がれているのである。
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